VALKYRIE PROFILE

『エイミとジェイルと』


「よし、飲むぞ!」
 剣の鍛練をしていた私の眼前にいきなり酒瓶を突き出したのは、エイミだった。
「……え?」
 私が怯むと、エイミは不服そうに眉を寄せた。
「なんだよ、あんたとは一緒に飲んだ事ないだろ?」
「それはそうだけど…………飲めないんだ」
「え?」
「物凄い下戸なんで」
 私が肩を竦めると、エイミはばんばんと背中を叩く。
「気にすんなって。飲んでみたら意外といけるかもだろ?」
 そんな曖昧な期待で酒に手を出そうとは思わないのだが。それに、
「酒を美味しいと思ったこともないしな。勿体ないよ、美味しいと思えない奴が飲むなんて」
「まぁ、それはそうかも知れないけど」
 エイミは不満そうにむくれて見せる。私より五つも年上だというのに、時に子供のような表情を見せるエイミ。白い塔の中、細かな規律に縛られて生きてきた私に比べて、広い世界を旅しながら自分の生きる道を自分で切り開いてきたエイミは、感情も豊かで何事にもはっきりとしている。私には、それが酷く眩しく、羨ましい。
 憎しみを糧に生きてきた――それは同じなのに。
「ジェイルって、何か好きなものあんの?」
「……え?」
「好きなもの。人生の中で、“これが大事”とか、“これがあるから生きてられる”みたいな」
 突然の質問に、私は首を傾げた。
「つまりさ、幸せのもとみたいなもんだよ」
 必死に言葉を探して出てきた言葉だったのだろうその言葉は、妙にすんなり私の中に入ってきた。
「エイミは?」
「あたしが聞いてんだけど?」
 全く、その通り。質問を質問で返すのはあまり礼儀正しい事ではない。しかし、答え辛かったのだ。
「……考えたことがない」
 そう、エイミのように満面の笑顔で輝けることの一つも、私にとっては存在しないのだ。
「エイミは仲間と酒を飲んで、それが楽しくて幸せだろう?」
「そうだな。それがなかったらやってらんないよ」
 満面の笑みを浮かべるエイミが清々しく、私は小さく笑った。その瞬間、エイミから笑顔が消えた。上手く笑えなかったらしいな。私は、構わず続けた。
「私は、自分の幸せってやつを考えたことがないんだよ」
 エイミが眉を寄せた。「意味が解らない」そんな風に。
「何言ってんだ?」
 険しい顔で実際に問われ、思わず吹き出してしまった。その時、エイミの眉間が緩んだ。
「剣の鍛練……これをとったら、私は私じゃなくなるだろうな。だから、これが一番大事なんだとは思う。でも、これはそもそも、憎しみから人を殺めるために手に入れた力だから、幸せとかそういった物からは程遠い。幸せに……なりたいと思ったことがない。なれる気もしてない」
「なんで?」
「憎しみに駆られて、復讐のために人を騙して生きてきた私に、幸せになる権利なんかないと思ってたから」
「“思ってた”?」
 あえて過去形で語ったところを、エイミは目ざとくついてくる。私は目を細めた。
「…………死んだら、生まれ変わるしかないよな。だったら……幸せに、なっても良いのかな、なんて……思って」
「その通り!」
 ぽん、と私の頭に手を乗せて笑う彼女は、本当にかっこいい。そして、二つのグラスに酒を並々と注ぎ、一方を私に突き出した。
「いや、だから私は……」
「飲まなくって良いよ。でも、乾杯くらいは良いだろ? さっき、吹き出した時みたいに気楽に笑っていられるように。これからそんな風になれるように。幸せのもと、見つけるために……乾杯」
 新しい、私に。


広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット