るろうに剣心

『恵と操と』


「恵さん、甘いもの好き?」
「………………好きだけど?」
 明治十三年、正月も六日の夜、突然会津の高荷診療所を訪ねて来た操を前に、恵は眉を寄せた。操の後ろには、我関せずといった様子で蒼紫が押し黙って立っている。
「他に言うことないの?」
 孤児達を引き取って育てている恵は、子供達を寝かし付け、これから薬を煎じようと思っていた。それなのにいきなり玄関をけたたましく叩かれ、もしや急患かとあわてて飛び出したら、一言目がそれである。恵はすっかり呆れていた。長男の征太郎が遅れて飛び出してきたが、恵は自室に引き上がらせた。
「他に?」
「……明けましておめでとうございます」
 首を傾げる操に、恵はため息混じりにそう言った。
「あ、そうだよね。明けましておめでとうございます!」
「四乃森さんも、おめでとうございます」
 蒼紫は、恵を一瞥し、軽く会釈するだけに留めた。元々、決して口数の多い男ではない。恵もそれはよく解っているので、こうして黙っている事が、一番彼らしい行為であることも理解している。
「どちらにしても、来てくれたのは嬉しいわ。寒いでしょう、中へどうぞ」
「お邪魔しまーす」
「静かにねっ!」
 身体を半分ずらして招き入れた操が、家の奥に向かって大声を出したので、思わず息を潜めて鋭い口調で咎める。ふと、見上げた蒼紫が申し訳なさそうに肩をすくめた。恵は「良いのよ」と微笑んで見せた。
 恵は、子供達の部屋から一番遠い客間に二人を通し、長旅で空腹だろうと、幾らか残してあったお節料理を振舞った。
「お酒も、少しどう? あぁ……四乃森さんは飲めないんだったわね」
 蒼紫には緑茶を淹れ、恵は操に“ゆり”と書かれた酒瓶を差し出した。
「地元の銘酒なのよ」
「有り難う〜、飲んでみたい! あ、そうそう、これね、年始の挨拶に京都の街の人が持ってきてくれたかすてぃらなの。恵さん、良かったら食べて?」
 夜だというのに元気いっぱいの操からかすてぃらを受け取り、恵は操にお酌する。
「それにしても、どうして今年はわざわざ来てくれたの? 二人揃って会津に来てくれるなんて、珍しいじゃない。何か報告することでもあるの?」
 恵は意味ありげに問いかける。しかし、操は不機嫌そうに頬を膨らませた。どうやら、恵の想像は外れているようだ。もしも予想通りなら、操は大喜びで喋り倒すに違いない。
「どうしたの?」
「もぉ、恵さんからも何とか言ってよ!」
 酒をあおり、間髪入れずに次の酒を注がせる。恵は、延々と操の、すぐ傍にいる男への想いや愚痴を聞きながら、酒を注ぎ続けた。全く仕方のない子だ、と思いながらも、此処で自分が飲んでしまっては、彼女を介抱出来ないかも知れないと思い、ひたすら聞き役に回った。
 いつしか酒が回り、操がふらりと倒れて、漸く恵は酒瓶を床に置いた。瓶は、すっかり空っぽになっていた。
「……ですって。操ちゃん、早く貴方と夫婦の契りを交わして安心したいのよ。ねぇ、いつまで待たせているつもりなの?」
 しっとりと落ち着いた声で問い掛けながら、恵は操に羽織をかけ、操の手土産を切り分けた。
「言いたい事は解るが」
 ずっと黙っていた男が、漸く口を開く。恵はくすりと笑い、かすてぃらを一切れ、蒼紫に差し出す。
「解ってないわ」
「ん?」
「……甘いものは、好き?」
 その答えを知っている事も、きっと貴方は解っていないのでしょう?

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