サクラ大戦

『聖母について』


「『奇跡の鐘』の稽古だけでも大変なのに、平行して次回公演の稽古なんて、大変なスケジュールで、みんなには本当に申し訳なく思うよ」
 大神は、書類の束に目を通しながら、深くため息をついた。大帝国劇場の支配人になって初めての冬。クリスマスに大晦日、正月と、冬はイベントが立て続く。その分、仕事も増えて、まだまだ不慣れな支配人の執務に四苦八苦していた。その隣りで、マリアは、台本を抱えて嬉しそうに笑った。
「私は、楽しいですよ。こんなに公演の予定が入っているなんて、嬉しいです。帝都の人達に、夢を届けられるんですから。みんな、同じ気持ちです。それに……」
「それに?」
 大神は、意味ありげに言葉を切ったマリアを見上げた。
「『シンデレラ』……私の好きな演目の一つですから」
「へぇ、そうなんだ? 意外だな。マリアも、御伽噺が好きなんだね。年明けは子供を連れて家族で見に来る人が多いから、子供も大人も楽しめるものが良いかと思って決めたんだけど」
「良いと思います」
 こういっては失礼かも知れないが、大神がそこまで深く考えて演目を決めていたことをマリアは知らず、感心した。出逢った頃は“隊長”と呼ぶことすら憚られるほど頼りなかったのに、いつの間にか、総司令として、支配人として帝国華撃団を引っ張る、なくてはならない存在になっている。マリアにとっては、隊員の一人としてだけでなく、一人の女としても。
「アイリスも、ヒロインを演じることは余りありませんし、これまでさくらが人気を博してきた作品でヒロインを演じるのは大変ですけど、その分とても頑張ってます。きっと、この公演で王子役のレニと、大成長を遂げると思いますよ。私も、うかうかしていられませんね」
「その前にマリアには、大役を演じてもらわないと……」
 大神は机の隅に積み上げていた台本を一冊取り上げ、マリアにひらひらと振って見せた。『奇跡の鐘』――二年前に、マリアが初めて女役で舞台に立った作品だ。今年も、この公演でマリアは聖母役を演じることになっている。
「頑張ります」
「期待してるよ」
「余り、プレッシャーを掛けないで下さい。これでも、かなり緊張しているんですから。無垢で気高い聖母……私の、大切な役ですから」
「はは。大丈夫、信じてる。稽古を見ている限り、どんどん良くなってるし。二幕三場の歌がまだ少し硬いけど、振りがしっかり入るまでは、難しいみたいだね」
 くすくすと笑う大神を前に、マリアは目を丸くした。それこそ帝劇に来たばかりの頃に演出をした『真夏の夢の夜』では、演出といいながら、何のアドバイスも出来ずにいた人が、こんなにも的確に指摘をするようになるとは。
「どうしたんだい?」
「なんというか……昔の貴方からは想像も出来ない言葉なので」
「昔の俺、か……。だとしたら、マリアのお陰だよ。君がいるから、頑張れる。君がずっと支えてくれているから、今の俺があるんだ。感謝してる……」
「本当にそうなら……嬉しいです」
 マリアは、ほんのりと頬を赤く染めた。
「あ、もうこんな時間ですね」
 大神から視線をそらしたマリアの瞳に時計が映る。時計の長針はもう間もなく、天辺で短針に重なろうとしていた。
「では、私は戻ります。おやすみなさい」
「あ……」
「え? どうかされましたか?」
「……………………いや、お休み」
 大神は笑顔を引きつらせながら、マリアを見送った。
 まだ帰したくないなんて、聖母にはとてもいえない。でも、聖母が終わったら……朝まで一緒に過ごせるだろうか?

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