るろうに剣心

『トナカイについて』


「……となかい?」
 左之助は炬燵の前で眉を寄せた。恵は忙しなく指先を動かし、左之助の上着を繕いながらも、ゆったりと微笑んだ。
「えぇ、そういう動物がいるそうよ。大きな角を持つ、鹿によく似た動物なんですって。北海道にも生息しているんじゃないかしら。トナカイというのは、確かアイヌの言葉だったと思うから……」
「へぇ、それが?」
「面白い話なのよ、“サンタクロース”って、聞いたことはある?」
「あー、なんか似たような言葉を亜米利加で聞いた気がする。けど、あんま言葉もわかんねぇ頃だったからなぁ」
 左之助は、がしがしと頭を掻きながら必死に思い出そうとしていた。世界一周して、様々な文化に触れた左之助と話すことが、恵には楽しみの一つでもあった。
「私は、長崎でオランダ人の先生から聞いたんだけど、ほら、基督のバースデーの話、去年したじゃない? その日に、トナカイという大きな鹿のような生き物に橇を引かせた、“サンタクロース”という老人が、子供に贈り物を届けるんですって」
「ん? んー、そういや、どっかで聞いたな、そういうの」
「国によって色々違うみたいだけどね。でも、それが一番楽しい話だからって、教えて下さったの。私も当時子供だったから、なんだかとっても楽しい気分だったわ。もうすぐね、基督の誕生日」
 恵は、左之助の上着の襟元に唇を寄せて、玉止めをした糸を噛み切った。
「ん?」
 それまで炬燵を着るものがなく炬燵を凝視して身体を震わせていた左之助が、はっと顔を上げた。
「お前のバースデー、同じ日だよな?」
「えぇ、そうよ」
「だったら、基督のバースデーどころじゃねぇだろ」
「どうして?」
 きょとんとする恵に、左之助は呆れたようにため息をついた。しかし、恵には左之助の言葉の意味が全く理解出来なかった。生まれた日がもうすぐだからといって、それが何だというのだ。
「まぁ、こっちじゃ個々のバースデーなんか、祝わねぇもんな」
「そうね。そういえば、去年はあんたにお祝いもらったわね」
「ん。今年は、なんか欲しい物あるか?」
 左之助の問いに、今度は恵が眉を寄せた。
「なに、あんた、気持ち悪いわね。熱でもあるの? 風邪でもひいたの? 何とかは風邪ひかないって言うのに……」
 恵はすっかり呆れ顔で、一気に捲くし立て、上着を広げて左之助に近付いた。
「あぁ!? 折角、人が……」
「だから、何もいらないって言っているのよ」
 恵は、そっと左之助の肩を上着で包む。筋肉質の、逞しい身体。美しいとさえ、思う。
「何もいらないわ。あんたが、元気でいるんだから……。みんなが元気でいる事が、私にとっては最高の贈り物なのよ」
 穏やかに微笑みかけ、恵は左之助の額に自分の額をつき合わせた。
「うん……大丈夫、やっぱり熱はない。元気でいてくれて、ありがとう」
 薬のにおいに混じって、ふわりと香るのは、女のそれか。
 左之助は、恵からさっと顔を離し、再び炬燵に眼をやった。これ以上こいつを見ていたら、きっとこいつが欲しくなる。この状況でなんとも思わない男などいないだろうと、左之助は思った。

 ところで、左之助は欧羅巴は芬蘭土で、トナカイにまたがり盗賊団を蹴散らしていた事があるのだが、本人はそれがトナカイだとは、全く知らずにいる。

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