寒いな。
 三年想い続けたけれど、やっぱり気持ちは変わらない。
 知っていたけど、何にも変わらない。
 ほら、雪が……


   弱虫サンタ


 静かに、静かに、雪が降る。
 お前のいないこの世界で、俺は今でも、お前を想ってる。この世界にも雪が降るんだって、三年前に初めて知った。この雪、お前の上にも降ってんのかな。みんなで一緒に行った色んな街や、あの森……二人で行った小さな村や野原にも。お前は今、何処にいるんだ?
 お前はいつでも俺の事ばっか気にしてたよな。いつから一緒にいたんだっけ。あの冒険者グループに、先に入ったのは俺だっけ、お前だっけ。もう、そんな事も思い出せない。ずっと一緒にいて、まるで生まれた時から一緒にいた双子みたいな感覚で。だから、離れ離れになることなんか、考えてなかった。誰がいなくなったって……レミアが、グレイが、エイミが……ひとり、またひとりとグループから仲間が消えて、いつしか解散した時だって、結局お前だけは俺の隣りにいた。空気みたいに、当たり前の存在だったんだ。
 当たり前なわけ、ないのにな。何で気付かなかったんだろ。死ぬまで、全然気付かなかった。
 俺達はいつだって、死に向かって生きていたはずなんだ。不死者はうようよしてるし、冒険なんて、危険が伴って当たり前。俺達冒険者に金を払うっていう奴らは、自分じゃ出来ない命がけの仕事を任せてくる奴らなわけだから、俺はいつだって本気で、必死で、命懸けでぶつかってた。女だてらにお前は、俺と一緒に戦ってたよな。女って言うよりどっちかっていうと男っぽかったエイミと違って、お前やレミアは女の子そのものだったのにさ。頑張ってたんだよな。お前も、命懸けだったよな。それなのに、死ぬなんて……思ってなかった。レミアが死んでからも、俺とお前は死なないって、どっかで思ってた。
 そんなわけ、ないのにな。全然、疑ってなかった。
 お前はいつだって、俺の世話ばっかり焼いてたよな。けど、悪い、俺、全然気付いてなかった。お前に世話やいてもらってたって事。そういや、お前と二人で旅をするようになってから、俺、料理しなくなったよな。宿に泊まるときは兎も角、野宿するときはいっつもお前が作ってた。俺はなんとなく作らなくって、「腹減ったな」って言ったら、常にお前が作ってくれてた。だけど、考えてみりゃ、冒険者ってのは自分のことは自分でやって当たり前、お前は俺の分まで作る必要なかったんだよな。みんなといた頃は交代制だったけど、解散してからは、料理をしようとしない俺の分まで飯を作る理由なんざなかったはずだ。それなのに、やってくれてた。洗濯もマッピングもお前がやってくれてたから、俺はお前がいないと、旅どころか生きることすら出来なくなってたよな。けど、なんでだろ。それさえ、“当たり前”だと思ってたんだ。
 そんなわけ……ないのにな……――


 なぁ、セリア……。俺は、ずっと……



 なんで俺達、あんな風になっちまったんだろう。きっかけなんか、それこそもう思い出せない。そのくらい些細な事だったんだ。だけど、多分俺が悪い。俺が変に意地を張って、お前のいう“正しい事”を受け入れられなかったんだろうな。
「あたし、あんたのお母さんじゃないんだよ?」
 怒ってたはずのお前が、いきなり声を細めて、泣きそうな顔をした。自分が悪いことしたんだって、思い知らされた気がした。だけど、それさえ素直に謝れなくって、「俺のお袋は死んだんだからあたりまえだ」なんて、わけの解んねぇ事言っちまったよな。なんであんな事言ったんだろうな。それっきり、お前とはぎこちなくなった。いつもどおり、馬鹿やってるつもりでも、どっか隙間があった。それは、お前も感じてただろ? お互いそれを取り繕おうと、らしくないことするから余計にややこしくなる。それでも、離れることはなかった。そんな選択肢がなかったんだろうな。
 まさか、あのまんま終わるなんて、思わなかった。あのまま、死ぬなんて。
 あのガキに泣くなって言ってたけどさ、お前だって……泣くなよ。なんで泣くんだよ、俺なんかのために。俺は、お前に何にもしてやってなかったのに。
 そうして、エインフェリアになったら、ロウファ……は知ってたけど、エイミにグレイまで俺達の仲間入りだ。勘弁してくれよ、あいつ、本当に一人になっちまう。
「あいつ、顔色良くないね」
 ラグナロクが終わって、二年以上が過ぎた。俺やエイミ達が死んで、三年になる。水鏡を覗きながら、エイミがぽつんと言った。俺も、そう思った。お前、顔色良くないよな。あの日にきらきら光ってた茶色い髪に、白髪まで混ざっちまって、何でそんなに弱々しいんだよ。俺のことどやしつけてた頃みたいな生き生きした顔が俺は見たいのに。そのために、こっそり水鏡使ってるってのに。
「セリア、どうしちまったんだろう?」
 俺が言うと、エイミは呆れたように答えた。
「グレイの正体を目の当たりにして、漸く見つけた仲間ひとり亡くしちまったんだぜ? それに、冒険者のネットワークを侮っちゃいけない。あたしが死んだことだって、二週と経たずに知ってたじゃないか。ロウファが死んだって聞いた時、泣いたんじゃないのか、あいつ?」
 そういえば、そうだった。あの時、俺が一晩ずっと抱き締めて、泣き止むのを待った。止めれば良かった、何が何でも止めれば良かったって、一晩中泣いてたよな。あの、情に厚くて涙もろいセリアが、エイミやグレイのことを悲しまないわけがない。
「その上、あんたまで側にいないんだ。もう、生きる希望を失ってしまったんだろう……」
 生きる、希望……。自分から望んで家を飛び出した俺やエイミと違って、伝染病で家族を亡くしてひとりになったところを冒険者グループに拾われたセリアにとっては、仲間だけが総てだった。いつか、そんな風にエイミに話してたよな。俺には絶対見せないような顔して。俺は寝た振りしながら、ずっと聞いていた。
 何で、あの顔を俺には見せなかったんだろう。もっと、色んなセリアを見たいと俺は思っていたのに。他のやつらにはこんなこと思わなかったのに、セリアにだけはそんな風に思ってた。
 それなのに、いっつも憎まれ口ばっかで、全然大事にしてなかった。もっと、気遣ってやればよかった。もっと、大事にしてやれば良かった。
 いっつも側にいてくれてたのに。
「あいつは、あんたが側にいないと駄目なんだよ。だから、ずっと一緒だったんじゃないのか?」
「…………え?」
 俺が驚いたことに、逆にエイミが驚いていた。
 あいつがいなきゃ何も出来なかったのは俺の方で、あいつは一人でだって生きていけた。本当は、女同士だし、エイミと一緒に行きたかったんだろうに、俺のことが心配だからって、俺と一緒に来てくれてた。そんなことに気付いたのは死んでからで、むちゃくちゃ後悔した。もっと、大切にしなきゃいけなかったんだって。
 本当は……どっかで、漠然とだけど、夢みたいなものがあった。俺の、夢。その中に、いつでもセリアはいた。当たり前のように、俺の将来のどんな場面にも、セリアはいて当たり前だった。具体的にどんなものだったかは俺にはまだまだ全然解んないし、解んないまま終わっちまったけど。
「なんだよ、その“え?”って?」
 エイミのやつが、イラつきながら言った。
「ほんっとに解ってないのか? お前、どこまでバカなんだよ!?」
「あぁっ? バカとは何だよ」
「お前みたいなバカに惚れてたセリアの気が知れねぇよ」
 吐き捨てるように、エイミは言った。言いやがった。人のこと、バカバカって好き勝手言いやがって……って……え、惚れて……?
「……なんだって?」
「ほら、気付いてなかったんじゃねぇか、バカが」
 呆れたように、エイミは眉を寄せた。水鏡の端に映った自分の顔がどれほどのバカ面だったか、なんとなく想像がつく。
「セリア……?」
 水鏡に映る横顔は、まるで亡霊のようだった。



 俺が死んで、三年が過ぎた。
 神の祝祭が近付いてきてる。いつも、一緒に祝ったよな。神様なんか信じないって言ってた俺にも、この日だけは特別で、セリアが特別に作る料理だったり街のにぎやかな雰囲気が大好きだった。初めて、俺がお前にプレゼントしたものって、何だっけ? あぁ、いつもつけてるリボンは、俺がやったんだよな。大きいものは邪魔になるし、お前に似合う色だと思ってやったら、目に涙浮かべて、大事にするって言ったよな。そんなに喜ぶなんて思ってなかったから、かなり吃驚した。
 なぁ、セリア、ホントにお前、俺に惚れてたのか? もしかして、あの時から……?
 セリア、答えろよ、セリア。って……俺に言えたことじゃないんだけどさ。
 元々細身だったお前が、三年ですっかり痩せこけて、がりがりになって、そんなんじゃ冒険どころじゃねぇだろうが。どうするんだよ、お前……。俺は、どうしてやれば良いんだよ。
 ずっと一緒にいるもんだと思いながら、突然別れて、もう三度目の祝祭を迎えようとしている。
 雪が、降ってる。お前の上にも。

 静かに、静かに、雪が降ってる。

 どうしてだろう……涙が、止まらねぇんだ。
 セリア……セリア……――
 どんだけ強がったって、俺は弱虫で臆病だったんだ。だから、どうしても口に出来なかった。本当は、ずっと言いたかった事。
 どうして、俺はこんなにバカなんだろう。本当に言いたかった事すら、自分で気付けずにいるなんて。どうしてなんだろうな。
 どうして、もっと大切にしなかったんだろう。漠然とした自分の夢が、はっきりと見えてくるまで、我武者羅に走ってたら、いつの間にかお前のことさえ、蔑ろにしてた。
 一緒にいたかった。
 ずっと、ずっと、一生……老いて死ぬまで、二人で、笑い合っていたかった。それをちゃんと口に出来ていたら、お前をこんなに泣かせずに済んだんだろうか? もしもそれを口にしたら、あんな風に二人、傷つかずに済んだのか?
 俺はちっぽけでバカだから、悲しい思いをさせたんだよな。
 悔しいけど……あれから三年、ラグナロクを経て、自信がついちまった。お前を、今ならもっと大切に出来るって。
 そして、気付いちまった。俺の夢。俺が、本当になしたかった事。
 だから今なら、お前を、大切に出来る。
 いや……今なら、大切な言葉を口に出来る。それだけで、きっとお前は笑顔になる。

 セリア……セリア……
 好きだ。
 好きだ。
 好きだ、セリア……
 お前が、好きだ。

 今更気付いた。俺も、本当はお前が好きだった。エイミと一緒に行って欲しくなかった。ずっと一緒に旅をしたかった。何でって……お前が、好きだったからなんだ。お前が、好きだからなんだ。
 俺の夢……ただ、たった一つの、夢。それは、お前を守ること。俺は、お前を大切にしたかったんだ。いつでも、側にいて、お前の笑顔を守りたかった。
 あの時、それに気付いていたら。
 たった一言がいえたなら、きっとお前は泣かなかった。
 そんなことさえ、解らずに、お前を一人ぼっちで泣かせている――


 セリア、セリア、
 優しいセリア。
 明るい、セリア……


 静かに、静かに、雪が降ってる。



 泣くな、セリア。




 お前を、愛してる。

Fin
「好きだ」
そんな簡単なことにさえ気付けたら、
お前は一人で泣かずに済んだ。
それさえ、解っていたならば。
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