いつまでも長く垂れた袖。結ばれぬ恋の証なのか。
 いつまでも袖をたらすなら、いっそ女でなければ良い。
 いつまでも男でいられれば良い。


   我が衣手に


 蘇芳と詩帆が婚姻を結んだのは、ラグナロクの終焉から数ヶ月後、年の瀬の頃だった。年の瀬といえど神界では暢気なもので、事は早い方が良いという愛の女神であるフレイアの立ち会いのもとに行われ、エインフェリアの殆どが見守った。
 エインフェリア達は、互いに心を寄せながらも悲痛な別れを遂げた二人の結婚を心から祝福した。ヴァルハラの聖堂で挙式をとの意見もあったが、二人のたっての希望で倭国の伝統に則った祝言の儀となった。場所にヴァルハラの草原を選んだのは夢瑠だった。広いところでやりたいと言ったのだ。倭国では神への祈りの形が違う。祝福の形も違う。しかし、祝いの気持ちは変わらないだろう。同じ神が、形を変えて信じられているに過ぎないのだ。
 普段なら大忙しの年の瀬が、華やかに彩られ、誰もがゆったりと過ごした。
 式の翌日、この際だから、倭国風の新年の祝いをしたいと言い出したのはジェラードだった。ジェラードは新年となると毎年アルトリアの式典に出席しなくてはならなかったため、国外で新年を過ごした事はない。お転婆で好奇心旺盛なジェラードは異国の文化に興味を示した。特に詩帆の花嫁衣装を見て、自分も倭国の民族衣装を着たくなったのだろう。
「倭国の晴れ着といったら、女性は振袖というものを着るそうだな」
 大はしゃぎのジェラードの横で、本を読んでいたベリナスが顔を上げた。袖口のレースから覗く繊細な指が、優雅に本のページをめくる。彼は取り分け気品に溢れた男だ。彼の住んでいたラッセンは倭国からは遠いが、彼の家のメイドは倭国の娘で、倭国の文化もよく聞き知っているようだった。
「フリソデ?」
 聞き慣れない言葉を、エイミがきょとんとして聞き返す。ベリナスに比べて粗野な仕草でがりがりと後ろ頭を掻いた。
「袂の長い着物の事だ。未婚の女性が着ると聞いているが」
「タモト?」
 ジェイクリーナスも首を傾げた。
「袖の下に付いてる袋状の部分のことだ。振袖は昔は未成年の女子だったが、最近は未婚女性が着る。既婚女性は留袖だな」
「トメソデ……」
 洵の説明に今度はロウファが口にする。やはり聞いた事のない言葉だ。
「振袖より短い袂の着物だ」
「へ〜。ま、エインフェリアの中じゃトメソデってのは詩帆とロレンタしか着れねぇって訳だな」
 カシェルがエインフェリアをぐるりと見回し、からからと笑った。
「カシェル、女子〈おなご〉を前に左様な事言うものでは……」
 件の女を娶ったばかりの蘇芳が口を挟むが、言い終わるより早くメルティーナがロッドでカシェルの後頭部をど突いた。
「ふん、留袖なんて、地味でババ臭くってごめんだわ。そこのおばんにしか似合わないわよっ」
「メル、そういう言い方は……詩帆も人妻なんだし」
 眉を寄せた蘇芳と俯いた詩帆を見止め、ルシオがフォローに入る。メルティーナはふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。
「でもよぉ、神さん方はそーいうの、イヤなんじゃねぇか?」
 バドラックは煙草をふかしながら、大きな欠伸を一つした。
「え?」
「だってよぉ、倭国じゃヴァルハラにいる奴らとは違った神さん信仰してんだろ?」
「そういう訳ではありませんよ。大陸とは違う形で祈りを捧げるだけで、根本は同じです」
 神に仕える巫女たる少女・那々美が、バドラックの疑問に答えた。実際、漢字を当ててはいるが、呼び名はほぼ同じである。
「わらわはとにかく、着物が着たいのじゃ!」
 まだるっこしい話はどうでも良いとばかりにジェラードが大声で言った。
「フリソデってやつかい?」
 それまで寝転がっていたアリューゼがのっそりと身体を起こした。
「そうじゃ」
「なんなら、あんたが留袖着せてやったらどう?」
 メルティーナがにやりと笑う。
「着せ方なんざ解んねぇぞ?」
「この者に繊細な着物の着付けなぞ出来るわけがなかろう」
 アリューゼとジェラードはほぼ同時に答える。二人を除いた全員が思わず吹き出した。メルティーナとバドラックに至っては大爆笑だ。いきなり笑われ、ジェラードとアリューゼは訳が解らず顔を見合わせ、首を傾げた。
「なら、男は紋付き袴だな。グレイとアリューゼ以外なら俺のが着られるだろう」
「アリューゼは、おれの羽織なら着られるかも知れんな。バドラックも俺の着物の方が良かろう」
 洵と蘇芳は自分の持っている着物の数を指折り数え、男性の着る着物が十分に足りている事を確認した。
「ジェラードなら、あたしの着物着られるんじゃないかなぁ?」
 夢瑠がころころと高い声で言った。
「晴れ着なら、私沢山持っていますよ」
「そうだな、詩帆は歌姫だった頃に随分貰っていたようだし」
「ロレンタさんの分は、留袖に仕立て直しましょう」
「それなら、任せて下さい」
 申し出たのは那々美だ。流石に目の見えない詩帆には難しかろう。
「じゃぁさ、じゃぁさ、早速見に行こう!」
 夢瑠は嬉々として立ち上がる。
「ほらほら、エイミも!」
「あたしもかよ?」
 言いながらも満更ではなさそうなエイミの横で、ゆっくりとジェイルが立ち上がった。
「洵、私にもお前の着物を貸してくれ」
「は?」
 誰もが、はたとジェイルを見やる。驚く一同をよそに涼しげな貌でジェイルはにやりと笑う。
「着られると思うしな。私に似合いのものを選んでくれよ。私はロヴン様のところへ行ってくるから」
 アース神族第八の女神・ロヴンは、神々の黄昏〈ラグナロク〉の直後、一目でジェイルを気に入り、側近として傍らに置いている。
 大戦の後に鎧は脱いだが、剣を手放そうとはしないジェイルは、腰紐に剣を吊り直し、大きく伸び上がった。
「ジェイルさんも振袖着ましょうよ。私が見立てますから」
 那々美が穏やかに微笑んだが、ジェイルは首を振る。
「いや、私は死んでもクレルモンフェランの騎士だからな」
 那々美の髪を柔らかく撫で、ジェイルは颯爽と去っていった。
「……どういう意味でしょう?」
「クレルモンフェランの騎士団は女人禁制だ」
 溜息混じりにジェイクリーナスが答えた。
「クレルモンフェランの騎士として死んだからには、永久に男のままだと言いたいのだろう」
「ややこしい奴……。それに、悲しい奴だな」
 カシェルは肩を竦め、ロヴンの園の方角へ視線を投げる。たとえ男勝りで気の強いエイミであっても男にはなれないし、ならない。憎しみだけで男にまでなってしまったあの女は、死して尚憎しみの呪縛から放たれずにいるのだろうか。
「あの……僕も、失礼します」
 ジェイルの後を追うように、立ち上がったのはラウリィだ。誰も彼もそれ以降二人を気に留める事なく、晴れ着を選びにヴァルハラの宮殿に向かった。



 金色の豊かな髪で一本のお下げを編んで肩から胸へ垂らしている清らかな美女が、花の咲き乱れる庭園に腰を下ろしている。そこへやって来たのがジェイルだった。
「遅くなりました、ロヴン様」
「いらっしゃい、ジェイル」
 この金髪の美女こそ、ジェイルが今仕えている女神・ロヴンである。ロヴンはアース神族の中では珍しく気性の穏やかな神だ。
「昨日は素晴らしい婚礼だったわね」
「とても。異国の婚姻の儀も、独特の風情があるものですね」
「倭国は特に、大陸から離れて特異な文化を発展させているから、みんな興味深かった事でしょう」
「はい。今も、それで盛り上がっていました。新年には倭国の民族衣装を着るのだと言って」
 ジェイルはロヴンの前に膝をつき、目の前の赤い花をそっと撫でた。
「ロヴン様」
「まぁ、ラウリィ、珍しいこと。いらっしゃい、よく来てくれたわね」
 ジェイルに続いて現れたのは、余りこの庭園を訪れる事のない青年。ロヴンは彼の来訪を喜んだ。
「ロヴン様……あの……」
 ラウリィは、ジェイルの隣りに立つなり、何か言いたそうに口をまごまごと動かす。しかし、決して言葉にはならなかった。
「良いのよ、ラウリィ。此処にお座りなさい」
 ロヴンに促され、ラウリィはジェイルの横に腰を下ろした。ロヴンは、優しくラウリィの髪を撫で、目の前に咲いている海のような柔らかな色の花を一輪摘んでラウリィの髪に飾った。
「ロ、ロヴン様っ」
「ふふっ、よく似合うわ。ジェイルにはこっちをあげましょう」
 言いながら、ジェイルの髪には白い大輪の花を飾る。
「ロヴン様……?」
「ミリアにも似合うと思うわ、その色」
 朝焼けの海のように鮮やかな、柔らかな色の花。
「確かに……この花は、きっとファーンによく合う……」
 ジェイルは髪に飾った花を手に取り、そっと唇を寄せた。
「……ミリアはずっと“フリソデ”なのでしょうか……」
「フリソデ? ……あぁ、倭国の晴れ着ね」
 ぽつりと、まるで消え入りそうな声で呟いたラウリィの言葉を、ロヴンは聞き逃さなかった。
「どうかしらね。ラウリィ、貴方はどうあって欲しいの?」
「ミリアには幸せになって欲しいです。でも……僕以外の誰かと結ばれて欲しくないとも思うんです」
 ラウリィも髪に挿した花を取り上げる。青い花は微笑み、日の光を浴びて輝いた。
「それは、フリソデでいて欲しいという事? それとも……」
「わ……解りません。両方です。変だけど、両方です」
 ラウリィは自分の言葉に首を傾げながら、小さく息をついた。理解してもらえる気はしていない。矛盾は明らかだ。しかし、ロヴンは「そうね」と言った。
「解るわ。人間の想いは、いつだって矛盾に満ちたものよ。でも、矛盾しているようで本当は真ん中に大事な想いが一つ変わらずに存在するの」
「……一つ?」
「結局ラウリィは、ミリアに幸せになって欲しいのよ。ただ、それだけ」
 “それだけ”とさらりと言われ、ラウリィは目を瞬かせた。
「貴方が自分で幸せにしたかったのね。でも、貴方はエインフェリアになる定めを受けていた……。だから、他の誰かが幸せにしてあげて欲しいと思うのね。願いが二つあるから矛盾のようにも思われるでしょうけど――大丈夫。貴方がミリアの幸せを願う限り、ミリアはどんな風でも幸せでいられるの。ミリアと約束したのでしょう、見守っていると……」
 ラウリィの手の中で、風に吹かれて花が揺れた。「大丈夫よ、心配しないで」「私は幸せでいるわ」――そう、ミリアが囁いているかのようだ。ぼつりと花が雫に濡れる。
「泣き虫ラウリィ」
 ジェイルはくすりと笑い、ラウリィの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ミリアはミッドガルドで一番幸せな娘だよ」
 ジェイルの穏やかな声は更にラウリィの涙を呼び、青い花を抱えてラウリィは声を上げてひとしきり泣いた。泣きやんだラウリィは赤い目ではにかんだ笑顔を見せた。
「ありがとうございます、ロヴン様。ありがとう、ジェイル」
「いいさ。さぁ、ヴァルハラの宮殿へ行ってきな。みんなで晴れ着を選んでるんだろ? ミリアと並んでよく映える着物を選らんで来い」
「うん!」
 戦場に駆り出されるにはまだまだ幼いように思える少年は、日の光の下がよく似合う。彼のあるべき場所は暗い海の底などではない。きっと、彼の恋人も光の似合う少女だったか、或いは光そのものだったのではあるまいか。
「貴方は?」
 ラウリィの去った庭園で、ロヴンはそっとジェイルに声をかける。
「貴方は晴れ着を着ないの? 行っても良いのよ」
「いえ……洵に任せてきたんです。私はこの手の事にはとんと疎くて……」
「洵に、ね。やっぱり男の衣装を着るのね」
 ロヴンは溜息をつくように呟いた。
「私は男として死んだんです。だから、ずっと男なんですよ。次の転生まで、ずっと……」
 同じ光の下にありながら、ジェイルは影を纏ったように青白い貌をしている。ロヴンの手の中で、品の良い赤い色をした花が震えた。
「私は恋を司り、特に結ばれぬ恋を結ぶけれど、死者と正者を結ぶことは出来ないわ。でもね、私は貴方達の幸せを望んでいるのよ」
 ロヴンの声は真摯な色を以て庭園に響き、ジェイルの心を揺らした。しかしジェイルは間も無く俯き、小さく首を振った。
「私は……………………幸せです」
 呟いたジェイルが手に握る白い花が、急にふわりと風に散った。
「ファーンはミッドガルドで一番不幸な男ね」
 普段穏やかなロヴンの瞳が、きりりと鋭くジェイルを見詰める。ジェイルは唇を噛み締め、立ち上がった。
「幸せになりなさい。ファーンの腕の中で、貴方は間違いなく女として死んだはずよ」
「だけど……――」
 何かを言おうと動いた唇も、それ以上の言葉を語れないままに閉ざされる。ジェイルは俯いたまま、ロヴンにさっと背を向けて歩き出した。
 庭園を、一陣の風が吹き抜ける。



「失礼します、ロヴン様」
「あら、いらっしゃい」
 少し癖のかかった柔らかなブロンドの髪を風に遊ばせて、ロウファが庭園に訪れた。片腕に大きな包みを抱えて。
「ジェイルは、もう戻りましたか?」
「えぇ、入れ違いだったわ」
「そう……ですか」
「途中で逢わなかったのなら、宮殿には向かわなかったようね。ビフレストの方かも知れないわ」
 ロヴンは肩を竦め、花を二輪摘んだ。ビフレストは、アスガルドとミッドガルドを繋ぐ橋だ。必然的にミッドガルドにも近くなる。ビフレストの番人として、アスガルドの門の前にはヘイムダルという神がいる。ラグナロクの終焉後、ロウファが仕えている神で、ロウファはヘイムダルと共に普段はビフレストの側にいることが多い。
「そうですね。ヘイムダル様に会いに行ったのかも知れませんし、ミッドガルドに近い場所ですから……行ってみます」
 いつもは凪のように穏やかで落ち着いているロウファだが、今は随分と忙しない。
「あ、ロウファ!」
 ロヴンはすっくと立ち上がり、ロウファの腕を叩いた。
「どちらが良い?」
「え?」
 ロヴンは両手を差し出した。それぞれに、白と紺の花が一輪ずつ握られている。
「えっと……こちらを」
 突然の事に戸惑いながら、ロヴンの左手を指す。紺の花の方を。五枚ある花びらは額に近付くにつれて色が濃くなり、花びらの先だけは真っ白だ。夜闇に積もる雪のようで、胸が震えた。それに――
「どうしてこちらなの?」
 それに――
「ジェイルに似合うかと……」
 深い夜の闇にしんしんと降り積もる雪のように、静かで穏やかなジェイル。その姿を思い浮かべながら、ロウファは包みを抱える腕に力を込めた。慈しむように、優しく、堅く。
「この振袖と同じ色をしていますから、きっと……」
「まぁ、それは振袖?」
「はい、ジェイルの……。女性は皆振袖を着ようと盛り上がって」
「えぇ、でも、ジェイルは洵の羽織袴を借りると言っていたわ」
 悲しい娘。或いは、アスガルドで今一番不幸な娘ではあるまいか。神も人も違わず、婚礼の宴に浮き足立っているというのに、一人いつまでも失った恋の中にいる。自分の手に入れられなかった幸いを手にした仲間を妬むわけではないが、取り残されたように思えてならないのだろう。
「羽織袴よりきっと似合いましょう。ジェイルは、女性ですから」
「私も、そう思うわ。ありがとう、ロウファ……」
「え?」
「彼女は自分が不幸だと思っているわけではないのよ。ただ、ミッドガルドに置き去りにしてきてしまった彼が、今でも胸をいためて暮らしていることを知っているから、自分ばかりが幸福になることに不安があるのね」
 ラウリィの恋人であるミリアとは違い、ジェイルと心を通わせたファーンは、自らの手で愛するものの命を奪った。その上で生き長らえる事に罪深さを覚え、絶望している。ジェイルもまたそれを感じ、自分が幸福に暮らすことを許せずにいる。ファーンが幸福でいられないが故にジェイルは幸福を失い、ジェイルが幸福でいられないが故にファーンが幸福を失う。不幸の連鎖は、お互いが不幸であるために起こり得る。
「ヴァルキリー様は、ラウリィがエインフェリアになる時、恋人と最後の別れを果たすことを許したそうです。でも、ジェイルにはその権利を与えなかったのですね」
「そうね。でも、ファーンはきっとジェイルにあっても自分を許すことが出来なかったでしょう。レナスはそれが解っていたから、あえて逢わせなかったのだわ。もし逢ってしまったら、逆に未練が残ってしまうかも知れないし、ジェイルもそれではエインフェリアとしての務めを果たせなかったかもしれないから」
「エインフェリアとしての務め……」
 戦う事こそ、エインフェリアとしてしなくてはならない唯一の事。ラウリィは恋人に会わないことが、ジェイルは恋人に会うことがその障害となったのだ。だからこそ、ヴァルキリーはラウリィをミリアにあわせ、ジェイルをファーンに逢わせなかった。
 今、それが本当に良い事だったのかどうか、ロウファには疑問でならなかった。ロヴンはそのロウファの考えを察し、曖昧に微笑んだ。
「ロウファ、神の勝手な振る舞いと思うかも知れないけれど、ジェイルのためでもあるのよ。これからジェイルは自分で、本当の意味で幸せにならないといけないのよ。そうでなくてはファーンも幸せにはなれないから。でもね、きっと幸せはすぐ近くにあると思うわ。ジェイルの幸せを心から願う人が傍にいるんだもの」
「それは……」
「えぇ。だって、ジェイルのためにと振袖を選ぶ人が、ジェイルの幸せを願わないとでも言うの?」
 ロウファの頬が、たちまち紅に染まった。
「僕は、ただ……」
 ただ……なんだろう。何を思ってこの着物を選んだか。きっとジェイルに似合うだろうと、初めに見たときからそう思っていた。きっとジェイルに着て欲しいと。ジェイルが喜んでくれやしないかと。笑ってくれやしないかと。そして、ジェイルに幸せなってくれないかと……。
 誰もがそう思うわけではない。その想いは、仲間としての感情を越えている。降りかかってきた事実に、ロウファは否応なしに自分の感情を自覚した。
「貴方の素直さや優しさを、ジェイルも感じているわ。結ばれぬ恋を結ぶ私にも、死者と生者を結ぶことは出来ないの。でもね、ロウファ。たとえ私が、貴方と誰かの恋を結べたとしても、私は貴方には力を貸したりしない。その必要がないもの」
「ロヴン様……?」
「さぁ、行って。ビフレストへ。その着物が似合うか、着せてあげて。そして髪にその花を飾ってあげて」
「は……はい!」
 ロヴンに背中を押されて、ロウファは頬を染めたまま走り出した。



 ロヴンは既に知っている。
 ジェイルに幸せをもたらす者を。そしてファーンを幸せにする者を。
 アスガルド一不幸な娘が、幸せな娘に変わる事を。
 そのものの素直さと優しさを、ジェイルはきっと求めている。
 ビフレストへ行った事もまた、果たしてミッドガルドが近いが故だろうか。

 ロヴンは夜闇に雪を散らしたような、縁の白い濃紺の花を見つめて微笑んだ。
 祈るまでもない。
 そう、彼女は幸福になるのだから――
fin
たとえ袖は短くならずとも、柔らかな心が救いの証。
天と地の人に幸福を与えんとす。
広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット