逞しいくせに、笑顔はどうにも美しくって。
 仕方ないじゃないか、惹かれないわけにはいかない。
 だから、僕は――


    そして、僕は君を見る。




 何かが変わってゆくだろう事は、僕自身にも解っていた。
 アークダインの遺跡攻略後、ヴァルキリー様は“声”がすると、クレルモンフェランに赴いた。一、二度しか行った事はなかったけれど、隣国・クレルモンフェランの美しい街並みは僕も気に入っていて、しかも騎士団はとても有能で戦力が高いと聞いていた。特に、現在の騎士団長が優秀な人物だとか。その、クレルモンフェランの王立騎士団内で、悲劇は起きた。マグナスという騎士団の参謀が、騎士団をのっとるためにJ・D・ウォルスという魔女を召喚したのだ。余り、詳しい事は解らない。総てを見ていたわけではないから。ただ、ヴァルキリー様がその場に降り立った時、エインフェリアとなるその人は、既に騎士団員の剣に貫かれていた。その剣の主が、件の騎士団長だという事は後に知った。石造りの、まるで聖堂のように荘厳なマグナスなる男の私室は、赤黒い血に濡れていた。事切れる瞬間の騎士に、僕は何故だか手を伸ばした。衝動的に、その人に触れたいと思ってしまったのだ。エインフェリアは、今際の際の人に触れてはならない。触れてよいのは、生者とヴァルキリー様だけだと決まっているらしい。危ういところで、アリューゼさんとカシェルに止められた。
 そうして、エインフェリアに選ばれたのは、騎士のジェイル。指や首が細く、華奢な印象だ。まぁ、僕が言える事じゃないんだけど。クレルモンフェランの騎士団は、かの街並みの荘厳さ、繊細さに比べ、とても武骨な鎧を身につけている。確かに、我々アルトリアの騎士団の鎧の方が、繊細で美しい印象があると思う。
「あんたには重過ぎやしないかい、その鎧?」
 僕らエインフェリアは、広い草原で話をしていた。時折、ヴァルキリー様は僕らをこういったところで休ませてくれる。こういう時、僕らは戦闘の訓練をしたり、語り合ったり作戦を立てたりと、めいめい好きな事をして過ごす。エイミは妙にジェイルに興味を持ち、話し掛けていた。エイミの男嫌いは、単に強さにしか執着しないためだ。自分が強いという自負があるからこそ、男に求めるものが無い。だから、ジェイルが分不相応な甲冑を着けている事がなんとなく気になったのだろう。僕は少し離れたところに腰を下ろし、ぼんやりと空を仰いでいた。
「……少しね。でも、もう慣れましたよ。この甲冑が着られなければ、クレルモンフェランの騎士団にはいられませんからね」
 ジェイルはくすりと笑った。
「ふぅん。それってさ、体型隠しか?」
 僕の目の前を横切った青い風――カシェルだ。大剣を担いでいる割に、よくぞと思う程いつも走る――が、いつの間にかジェイルの隣りに立って、ジェイルの肩に手を掛けていた。精悍なジェイルの顔を覗き込み、そんな事を問う。僕は草の上に腰をおろし、見るともなくその様子を眺めていた。
「それも含めて」
 答えたジェイルと、ふと眼が合った。ジェイルは僕の視線に気付いた瞬間、穏やかな笑顔を僕に向けて、直ぐにエイミの方を向いた。僕は、途端に貌が熱くなってゆくのを感じた。
「体型?」
「だって、クレルモンフェランの騎士団っつったら、女人禁制だったろ?」
「女人……え、女!?」
 声を上げたのはエイミだが、僕も思わず立ち上がり、ジェイルを凝視してしまった。ジェイルは肩を竦め、小さく頷いた。
「そう、事情で男装して、騎士団に潜り込んだんです。団長のファーンにはばれてしまいましたけど、黙認してくれましたし」
「そうなんだ。へぇ、意外と根性あるんだね。成程ねぇ、何か惹かれるもんがあると思ったら、そういう事か。気に入ったよ、あんた。そういう女は大歓迎さ。あ、敬語遣うのやめてよね、むず痒いから。あたし、エイミ。よろしく」
「あぁ、宜しく」
「俺は、カシェル。因みに、あんたが女だって気付いたのは、メルティーナの奴」
 カシェルは、木陰で本を読んでいるメルティーナを指した。
「あいつは、妙に勘が良いからな。ところで……ジェイルって、本名か?」
「いや。本名はレティシア。ジェイルは、兄の名前だよ。男の名前が必要だったから、そう名乗ってるだけ。でも、レティシアの名は騎士団に入る時に捨てたんだ。だから、ジェイルと呼んで欲しい」
 力強く言い切ったジェイルは、凛として美しかった。でも、何故兄の名を語り、男装してまで騎士団に入ったのかは、誰も問わなかった。誰にだって、知られたくない事の一つや二つはあるものだ。
 こうして彼女の話を聞いている以上は挨拶をしておくべきだろう。僕は、三人に歩み寄った。
「ごめん、話が聞こえてしまって。僕は、ロウファ。アルトリアの騎士団員だった。宜しく」
「あたしらは冒険者。カシェルとは、昔パーティ組んでたんだ。あと、アルトリア拠点で傭兵やってたアリューゼってのがいて、そいつとの繋がりで、あたしら三人は元々顔見知りだったんだ」
「はは、賑やかそうなパーティだな。これから宜しく」
 ジェイルが右手をエイミに差し出そうとした、その時、エイミは突然後方に跳び、槍を構えた。日の光に、鱗のような緑のプレートアーマーが煌く。
「エイミ?」
「仲良くなったところで、いっちょやりますかね」
「お、良いねぇ」
 カシェルも嬉々として同じように大剣を振りながら二、三歩下がって間合いを取った。こいつらは、いつもこうだ。相手の強さが知りたいっていうのもあるし、こういう風にしかコミュニケーションを取れないっていうのもある。いつもの事だから、僕も巻き込まれるのを知ってる。カシェルの相棒だったセリアは、いつも呆れ顔で遠巻きに見ていたけど、僕は何故だかいつも巻き込まれて、大変だった。僕も槍を構えて、間合いを取る。ちらりと隣りに眼をやると、既にジェイルは剣を構えていた。女性が持つにしてはやや長い。多分、セリアの使っている剣より二インチ程度長いだろう。男性と同じものを使っている彼女を見ると、なんとなく居た堪れなかった。
「イイ勘してんじゃん」
「構えられたら構える、常識だ」
 ジェイルの構えに隙はない。反応の早さといい、もしかしたら、幼少の頃から仕込まれていたのかも知れない。
「さっすが、だなっ!!」
 いうなり、カシェルはジェイルに向かって大剣を振り翳した。跳躍から、剣を振り下ろすエアプレッシャーは、カシェルが最も得意としている技だ。振り下ろされる瞬間、ジェイルは身を翻し、カシェルの懐に潜り込む。
「ひゅ〜、やるねぇ」
 カシェルの大振りを交わした直後、エイミが槍を突き出す。ソニックエッジ、スピニングエッジ、ラウンドキックの三連攻撃。ジェイルはそれもすんでのところで交わし、続いて、僕が仕掛けたスマッシュアックスからプリゾナーファングに繋ぐ二連撃を、剣で弾いた。と、同時にカシェルが再びエアプレッシャーを仕掛けたが、それもやはり当たらず、後方へ一足で跳んだ。重厚な鎧を身につけている割には、軽いジャンプを繰り返す、独特の構えで僕達三人と睨み合う。軽いステップで、相手の攻撃に柔軟に対応出来るが、体力を消耗するため、使いこなすにはかなりの体力と筋力を要する。
「なかなかやるじゃん」
「どうも。まだ、やるの?」
「いや、もう良いや」
 さらりと答えて、エイミは構えを解き、肩に槍を担いだ。
「え、もう止めちまうのかよ?」
「ジェイルの腕は解ったろ? 楽しみたいんなら二人でやんなよ」
「ちぇっ。またやろうぜ、ジェイル。稽古とか付き合ってくれよ」
 カシェルも大剣を鞘に収め、ベルトで背中に装着した。
「あぁ、私も、稽古に相手がいた方が嬉しい。いつも剣を相手にしていたから、槍や大剣相手でも稽古しなくちゃな。どんな敵が現れるか解らないし」
 ジェイルも同じように、剣を腰に帯びた鞘に納めようとした。だが、直ぐに剣を抜き払い、横一文字になぎ払う。僕が、前触れもなく突然スマッシュアックスを繰り出したからだ。
 金属の弾け合う音が響く。ジェイルは剣を更に僕の左肩目掛けて振り下ろした。僕はそれを槍の柄で払い、身体を反転させてジェイルの背後に回る。ジェイルが振り返り様に再び横薙ぎに払ったが、更に槍の柄で受け止め、今度は槍を一閃させてジェイルの剣の切っ先を地面に叩きつけた。同時にジェイルの喉元に切っ先を突き付けた。剣と槍とでは間合いの広さが全く違う。完全にジェイルの間合いの外で、僕はジェイルを仕留めた。
 ――筈だった。しかし。
「今度はこっちの番だ!」
 ジェイルは攻撃の手を止めず、上半身を逸らして切っ先から逃れ、僕がしたのと同じように剣で槍の切っ先を叩き落した。そして、一気に間合いを詰め、僕の眉間に切っ先を向けた。
 僕は、ジェイルの反撃を交わした。そうして、槍と剣とで数分間打ち合った後、鍔迫り合いのような状態になり、僕達は間近で眼を見交わした。海のように深い碧色の瞳。きらりと瞳を輝かせるのは、力強い“意志”という名の光だ。
「ごめん、ジェイル。もうやめよう」
「あぁ、私も少し、疲れた。またにしよう……」
 僕は槍で彼女の剣を軽く押し戻し、戦闘の終わりを告げた。ジェイルも深く頷き、溜息をついた。
「今度は、一緒に稽古しよう。きっと、良い相手になる」
「そうだね。私も、貴方とはまた稽古したい。戦闘で組めると、良いね」
 良いながら、ジェイルは先程の鬼気迫るような“戦士”の貌を綻ばせ、あっという間に穏やかな笑顔を見せた。突然、自分の貌が熱くなったのは、運動をした後だからだろうか。
「疲れた?」
 ジェイルは、汗で額に貼りついた僕の前髪をそっと払い、しっかり休みな、と、僕の肩を叩いた。
「はは。何だか、子供みたいな扱いだなぁ。僕の方が年下?」
「さぁ。私は、二十歳だけど」
「何だ、同い年だ」
「そうか。なんだか、益々親近感が沸くよ。またやろうな、ロウファ」
 ジェイルは、颯爽と踝を返し、遠くで僕達の戦いを眺めていたエイミとカシェルの方へ歩き出した。僕も、その後を追った。
「狡いんじゃねぇの、ロウファ。俺だってもっとやりたかったのに」
「つか、珍しいねぇ、ロウファがそんなに熱くなるなんて。相当ジェイルの事が気に入ったみたいじゃないか」
「そういうわけじゃないけど……」
「なんだ、残念。私は、ロウファが気に入ったけどね」
 さらりと言ったジェイルを、誰かが遠くで呼んだ。ジェイルがそちらを見遣ると、視線の先には銀色の髪をなびかせて、ヴァルキリー様が立っていた。
「はい、今参ります」
 ジェイルはヴァルキリー様に答え、僕らに「それじゃぁ」と言い残して走り去った。
「……どうしたんだい、ロウファ?」
 遠ざかるジェイルの後姿を見るともなく見詰めていた僕に、声を掛けてくれたのはエイミだった。だが、いつものからかうような明るい口調ではなく、声色から、酷く僕を心配しているのが解った。
「え?」
「あんたらしくないよ、さっきの。剣を納めかけていた相手に、いきなり攻撃を仕掛けるなんて」
 …………。あぁ、全くその通りだ。確かにあれは、僕らしくはないだろう。僕は、今までにあんな理不尽な攻撃を仕掛けた事は無い。卑怯といわれればそうかも知れない。だけど、僕は彼女が必ず僕の攻撃を止める事は解っていた。何故だか、そう思えた。
「お前さ、ジェイルに惚れたんか?」
 エイミの重々しい口調に対して、カシェルは明るい声で問う。こういう雰囲気が苦手で、場を和まそうとしているのが解った。エイミも思わず、それにのって、「そうなのか?」などと、僕をからかい始めた。その言葉に、僕は視線を落とした。草原を覆う草は、青々として風に吹かれている。
 風に吹かれっぱなしの草――生前、アリューゼさんに言われた言葉だ。風に、吹かれている、だけ? 自分で動き出さないと、いけないんじゃないだろうか。
「そうかも……知れない」
「「へ?」」
 さっき、自分でからかったくせに、二人は揃って素っ頓狂な声を上げた。
「どういう事だよ?」
「そのままだよ」
 僕は、空を仰いだ。風の吹く中で、流されもせずに立っていられる。僕は、自分の意志で生きているのだ。
「ジェイルに惚れたのかい?」
「また、随分早いな、おい……」
「解らない。そうかも知れない、としか言えない。ただ、美しいと思ったよ、彼女を。一緒に生きたいと思った」
 もう、死んでいる僕が言うのも可笑しな話だけれど。
「一緒に戦いたいって事か?」
「だから、いきなりジェイルに突きかかったわけ?」
「そうじゃないよ。美しいから、戦いたかった……」
「「意味が解らん」」
 また、二人が声を揃えた。それが可笑しくて僕が笑うと、二人は呆れたように肩を竦めた。
 何が何だか解らないと思っているんだろうけど、ごめん、僕にも良く解らないんだ。でも、不安じゃない。

 僕はただ、彼女を守りたいと思っただけなんだ……。

fin
ロウファの想いが動き始める。
物語は、此処から始まる。
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