誰にも明かしてはならない真実。
 偽りに偽りを重ねて、真実は何処に消えるか。


   Moon Light Anthem


 月のように煌めく金色の髪――その少年は、名をジェイルといった。クレルモンフェラン王立騎士団の第四連隊長になったばかりのファーンが初めて彼を見たのは、その年の騎士団の入団試験の時だった。
 ジェイルが、決して裕福な育ちの少年ではない事は、誰もが見て解った。清潔感はあるが粗末な服を着て、酷く痩せていた。頬はナイフでそぎ落としたかのようにこけている。それに、鎧も着けていない。騎士団に入れば鎧は与えられるが、試験を受けようという者は当たり前のように自前の鎧を着けていた。どんなに貧しくても、安っぽい鎧を誇らしげに着けている。鎧で、その者の身分や家柄が解る。いわば、鎧は身分証なのだ。
「鎧も無しかよ。貧乏自慢か?」
「可哀想な僕を採用して下さい」
 試験開始まで鍛錬場に待機しながら、わざと甲高い声をだしてみたりと、受験者の数人がジェイルを囲んでからかっていた。
 鎧をつけていないという事は、それ程目立つ事なのだ。
 クレルモンフェラン王立騎士団は国の最も名誉ある職業とされているため、特に貴族や騎士、役人の家庭からの入団希望者は後を絶たない。それに加え、騎士団に家族が入団すると、国から様々な援助が得られるため、市民からの希望者も多い。しかし、気品や品格を重んじる騎士団においては、家柄も重視される。家柄を覆して入団するには、槍、剣、弓のどれかで相当の腕を示さねばならない。ファーンも、決して身分の高い家柄の出身ではない。ファーンは、丁度十年前の試験で受験者の実技トーナメント――つまり、実戦に近い形での試合――で一位になり、高い評価を得た。平民からの優勝者はファーンが初めてだった。十八歳の優勝者もまた、初めてだった。尤も、本当は市民からの優勝者は他にもいたのだが、丁度ファーン入団の年に騎士団の誇りを汚したとして除名されたため、記録も抹消されている。
 ジェイルは受験者の中では最年少の十六歳。十六から受験可能になるが、三回落ちたら受験資格を失うため、皆慎重になり、十六歳の受験生は少ない。二百を越える受験生の内、今年は四人だけ。その中でも一際小柄で、女のように華奢。よくぞ受けようなどと考えたものだと、誰もが思っただろう。
「得意の武器を持参しろと言われたが、必ず鎧を装着しろと言われた覚えはないんでな」
 自分を揶揄して楽しむ者達を相手に、ジェイルは呆れたように答えた。
「はっ、そんなもん、言われなくたって着けんのがジョーシキだろうが」
「坊やちゃん、実技があるってしらないんでちゅかぁ?」
「そのための鎧か? なら、必要ないさ。お前等の攻撃なんか、俺には当たらない。第一、がたいの割にそんなごつい鎧着けてるなんて……随分と臆病なんだな」
「なんだと!?」
 身長一八○センチはあるだろうか、ジェイルから見ればがたいの良い男が、掴み掛かろうとした。ジェイルはさっと鞘に収めたままの剣で男の手を止める。
「俺を負かしたくば、試合に勝て」
 ジェイルは静かに言った。その時、
「そこ、何をしている!?」
 ジェイルの剣に押し止められた男の背後から、低く鈍い声が響く。
「喧嘩か? 貴様等、受験資格を剥奪さ――」
 言いながら男を押し退けたのは、騎士団の参謀長、マグナス。自ら男を退けた時、その目に映った者の姿に、マグナスは目を丸くした。
「女――?」
 思わずマグナスが口にしたその言葉に、どっと笑いが起こる。会場は騒然となった。マグナスは、小柄で土気色の顔をしていた。口元をにたりと嫌みな笑みに歪ませ、自分よりはやや背の高いジェイルを見上げた。
「此処は女人禁制なんだ、お嬢ちゃん。鎧も持たない娘の来るところじゃぁない。お引き取り頂けますかな?」
 身分の低い者が相当嫌いと見える。嫌みのたっぷり籠もった態と恭しい口調で、マグナスはジェイルに出口を示した。更に笑いが起こり、出口まであたかも花道のように周りを囲んでいた者達は道をあけた。
「何の騒ぎだ! ――マ、マグナス様、貴方……」
 受験者を諫めに次に現れたのは、連隊長のファーンだった。ファーンは、受験者の中心で俯く、少女のように小柄な少年と、その前で受験者を従えているかの如くふんぞり返るマグナスを見止め、顔をしかめた。此処でマグナスに喰って掛かったら、受験者達を動揺させる事になる。それは避けたいが、そのためには目の前の少年を追い出さなくてはならないのだろうと、ファーンは直感的に判断した。それもまた避けたいところだった。
 ファーンの一瞬の逡巡、それによる僅かの沈黙。そこを、ジェイルは見逃さなかった。
「お初にお目に掛かります、マグナス様。私は、ジェイル・カトラスと申します」
 ジェイルが名乗った瞬間、周りで吹き出し、くすくすと笑い合う声が聞こえた。“カトラス”は父称――父親の名を示すミドルネーム――である。ジェイルの実父はカトルといった。クレルモンフェランでは、ある階級以下の者は姓を持たない。名と父称のみを名乗るという事は身分の低い者であるという証左だ。ジェイルは気にせず続けた。
「男らしく見えずとも、れっきとした男でございます。見ての通り賤しい身分ではございますが、誇りと腕は負けません。証明いたします故、今すぐの受験資格剥奪はご容赦願います」
 ジェイルは深々と頭を垂れた。
「若いのに、自信があるようだな。私は第四連隊長、ファーン・ウィノス。君の実力を見せてもらおう」
 ファーンは穏やかに微笑む。ジェイルははっと顔を上げた。誰もが、己の耳を疑った。ファーンもまた、名と父称しか持たない下級の身分の出である事を公言したのだ。それで隊長だというのだ。今度はマグナスが顔を歪める番だった。ファーンは事実、細かくみると十階級に分かれるクレルモンフェランの公認の身分階級の中で、下から四番目の階級・シュアナクラッセ(第七階級)の出身だ。所謂一般市民である。因みに、下から四番目以下は姓を持つ事を許されていない。ジェイルの場合、さらにその一段下のオドナクラッセの出身である。受験者の四割程度はシュアナクラッセ以下の者だ。ファーンの存在は、彼らに勇気を与えた。



 ファーンの機転により、ジェイルは受験資格を失わずに済んだ。公衆の面前で啖呵を切ったジェイルは注目の的になっている。しかし、幾ら大口を叩いたところで、あの小さな身体では、一回戦で剣に振り回されて転倒するのではないかと囁かれていた。しかし、その期待は見事に外れた。ジェイルは、細身の身体に馴染む細身の剣を軽々と振り、どんな攻撃もさらりと避けた。彼は、自分の長所も短所もよく知っている。見事なものだと、ファーンも感心した。ジェイルは確かな実力を見せ付け、最終戦まで上り詰めた。家柄によっては露骨なシードもある。ジェイルは実に九人を倒した。一方、最終戦で戦うセスト・ミグダリオ・リストリアスは、第一貴族の出身で、幼少の頃から英才教育を受けていたエリート。実力は確かだが、最終戦に至るまでに戦った相手は僅かに三人だった。体力の消耗もジェイルとセストでは比べものにならない。しかも身長一八五センチの長身で、得意とする武器は長柄のアックス。間合いの広さは並ではない。勝負は明白と思われた。しかし、意外にもジェイルは奮闘した。息を切らしながら、細やかで大胆な剣裁きを見せた。その姿に、会場にいた全員が引き付けられた。ファーンは特に初戦から彼の持つ輝きに引き付けられていた。その輝きは徐々に強さを増していく。それは瞳に浮かぶ、執念とも呼ぶべき光――或いは闇だろうか。
 時間が掛かれば掛かる程ジェイルは不利だった。ジェイルもそれを解っているのだろう、素早く的確に隙をついていく。しかし、セストも流石に決勝まで残った手練。ジェイルに次々と攻撃を仕掛ける。
 ジェイルがセストのアックスを交わして後方に跳ぼうとした瞬間、それを見越したセストは左足に刃を振り降ろした。咄嗟に左足を引くジェイル。しかし、バランスを崩し、左側に傾いた。瞬間、セストは一度振り降ろたアックスの柄に膝を当て、梃子の原理でを跳ね上げ、ジェイルの脇腹に叩き込もうとした。ファーンは、そしてその場にいた総ての者がはっと息を呑んだ。直撃すれば、鎧を持たないジェイルは間違いなく脇腹を裂かれて死ぬだろう。会場にいた全員の視線がジェイルに集中する。セストは勝利を確信した。が、ジェイルは諦めてはいなかった。左の腰に下げた鞘を左手で引き上げ、同時に左足を振り上げて鞘に当てる。セストの斧の刃はジェイルの鞘に当たり、金属音が響いた。ジェイルはその勢いに合わせて鞘を蹴る。ぶつかり合う衝撃に耐えられず、鞘は砕けた。ジェイルは辛うじて後方に跳んだが、粗末な靴は鞘の破片に引き裂かれて底が破れた。ジェイルの足にも破片が刺さり、血が流れ出した。
「やるな……」
 セストは足から血を流しながらも、顔をしかめる事無く凛と立つ構えるジェイルに、にやりと笑った。ジェイルはセストを警戒しながら、右側の靴も脱ぐ。
「行くぞ」
 ジェイルは靴を放り出すと、右足で石畳の床を蹴り、セストに突進した。セストはアックスでジェイルを薙ぎ払う。決して、間合いを詰められないように警戒しながら。しかし、ジェイルはセストの斜め後方へ吹っ飛ばされたと見せ掛けて、右足を踏ん張って切り返し、再びセストに切り掛かった。余りの反応の速さに、セストは柄で剣を弾く事しか出来ない。何度弾き飛ばしても、ジェイルは直ぐ様向き直って斬り込んで来る。
「見事ですね」
 審査員席の脇のファーンに、部下の一人がポツリと呟く。
「ジェイルか?」
「はい、長柄の武器は間合いが広い分、一振りの動作が大きく、一度振るとその後に隙が出来る。ジェイルはそこを、持ち前のスピードで的確についています。セストは自分の身を護る事に精一杯になって、どんどん振りが大きくなっていく……そうすれば、自ずと隙も増えてくるわけですから」
「そうだな。だが、本当に凄いのは、ジェイルの体力だろう。見ろ……」
 ファーンは床を指差す。動き続けて、なかなか血が止まらず、二人の足元は、既に血塗れだ。
「うっ……」
「十連戦で、あれだけの失血量。それなのに、スピードは全く落ちない……今の所はな。これから、どうなるかが見ものだな。お前も良く見ておけ。俺達の部下になる男だ」
「はい」
 ファーンは口元を固く結び、ジェイルを見詰めていた。窓から覗く空は、既に日の色を失い、闇に覆われている。ジェイルとセストの戦いは、既に一時間を越えている。これだけ長時間の戦いも、前代未聞だ。この試験では命を失っても仕方なしとされているが、どちらかが死んでもおかしくないような激闘だ。
 じっとジェイルの動きを観察していると、奇妙な点に気付く。初めは左足を引き摺っているように見えたが、そうではない。自分で地面にこすりつけている。自ら血をまき散らしている。……何のために?
 殆ど同じ場所でアックスを振り回すセスト。状況を変えねばと焦り出す。焦りから、鎧に包まれた足を大きく一歩左に開いた、その瞬間、がしゃんと音を立てていきなり転倒した。足を滑らせたのだ。
「セスト!」
「セストさん!!」
 周りを囲む受験者が声を上げた。ジェイルは不格好に床に横たわるセストを離れたところで眺めていた。
「地べたに這いつくばって、第八に見下ろされて、何が貴族だ。そろそろ本気を出せよ。俺に負けたくないならな」
 がちゃがちゃと音を立てながら、セストはゆっくりと立ち上がる。
「そうだな……」
 セストはアックスの柄を肩に掛けて手首の金具を外すと、床に手甲を放り投げた。左手、右手、左肩、右肩、銅、腰、右腿、左腿、右膝、左膝、右足、左足と順々に鎧を外し、最後に兜を取って床に乱雑に積み上げた。誰もが呆然とその光景を見詰めていた。鎧は騎士の誇り、身分証だ。それを外して無防備になるなんて。
「そうこなくてはな。無駄なプライド着込んでちゃ、命懸けの俺達には勝てないだろう?」
 セストは清々しい顔付きで頷いた。
「第八だからと甘く見てた。こんなものをつけてたら、お前のスピードに捲かれるな」
「だろう? さぁ、来いよ」
 今度はセストが攻撃を仕掛ける番だ。アックスを片手に突進をかける。
「早っ!」
 ギャラリーが声を上げた。
「……だな。だが、」
 ファーンはぽつりと呟く。ジェイルは右足で床を蹴ると、一気にセストの懐に飛び込んだ。
「長柄の武器は近距離戦に向かない。ジェイル程のスピードがあれば、死角に入る事も造作ない」
 寧ろ、セストが突っ込んでくるから、懐には入りやすい筈だ。総て計算尽く。侮れない少年だ。セストは辛うじて柄を引き寄せ、ジェイルの攻撃を受け止めた。

 どれ程時間が経ったのか、窓から月の光が差し込んでいる。セストの速度も徐々に落ちてきた。床には血と汗が散り、二人の足がびちゃびちゃと跳ね上げる。血の匂いと熱気が充満して、気分が悪くなりそうな空間で、二人は夢中で得物を合わせる。
「……何か、おかしいな……」
 ファーンは壁際で貌をしかめた。
「え?」
「ジェイルだ。これだけ動いて、あれだけの失血で、尚も速度が落ちない。いや、それよりも寧ろ……」
「……上がってますよね。並の体力じゃないですね。何処まで速くなるんでしょう……」
 そう呟いた騎士の声は、心無しか震えていた。隣りにいるファーンには、その理由がよく解った。最早、普通の人間には見えない。化物<グール>か……
「いや、体力の問題じゃないな……あいつは執念だけで動いてる」
「執念……?」
 勝とうとしているのだ、何が何でも。絶対に負けないという強い想いが彼を突き動かしている。長時間の戦いと大量失血。本来動くはずのない身体を、執念が動かしている。
「危険だな……」
「――え?」
 セストはアックスを一旋させた。金属のぶつかり合うけたたましい音が鳴り響き、ジェイルの剣が宙に舞う。全身から滝のように流れる汗は掌にも滲み、ジェイルの手から剣を滑り抜けさせたのだ。絶体絶命――誰もがそう思った。セストは再び得物を振り上げる。ジェイルは逃げようともせず、素手でセストに突進を仕掛けた。
 その時。
 セストの頭上で何かがぎらりと輝く。月だ。月光がジェイルの剣の切っ先に反射したのだ。眼に光が突き刺さり、セストは眼を細めてバランスを崩した。ジェイルはセストのアックスの柄を掴み、その手から無理矢理引き抜くと、頭上でぐるりと旋回させた。その勢いを殺す事無く、膝をついたセスト目掛けて振り下ろす。形勢逆転、今度はセストが絶体絶命の危機。ジェイルの細腕でも、遠心力が加われば、並々ならぬ力を発する。その上、あのアックスの重さだ、間違い無くセストの首は飛ぶ。
 ジェイルの眼に映るもの――それは、“敵”。倒さなければ、身分の低いジェイルが騎士団に入る事は出来ない。騎士団に入団せんとする執念が、ジェイルを突き動かしている。
「やめろ、ジェイル!!」
 ファーンの隣りで騎士が叫ぶ。だが、ジェイルは止まらない。
 一方セストの瞳には、ジェイルのアックスの動きさえ、酷く遅鈍に映っていた。
――ジェイル、こんなに動き遅かったか?
――これなら、当たったってしにはしないさ。
――いや、これなら寧ろ、躱せる。
 緩やかに、そんな事さえ考えていた。刃は顔面の真横に迫っているというのに、まるで緊迫感がない。何しろジェイルは遅過ぎるのだ。これまでの高速攻撃が嘘のように。セストがぐっと全身に力を入れた時、不意にその視界は真っ白になった。
 次の瞬間、セストは吹っ飛ばされ、血まみれの床に転がった。同時に、耳をつんざくような甲高い金属音が響き、ジェイルは動きを止めた。セストは勢い良く身体を起こす。何が起こったのか全く理解出来ていなかった。ただ、生きている事だけは解った。
「フ……ファーン隊長……?」
 ジェイルの前に立ちはだかったのは、ファーン。左足で刃を押さえ付けた。刃とファーンの足の装甲が砕けた。ぎりぎりと歯を食いしばるジェイル。ファーンは眼前に落ちてきたジェイルの剣を宙で掴むと、左足で押さえていた刃を蹴り下げ、右足を引いた。
「奥義、エターナルレイド!!」
 騎士として恵まれた身長に筋肉、鎧を身に付けた巨大な身体が、一瞬でジェイルとの間合いを詰め、突きの連続攻撃を仕掛けた。正確な回数は殆どの者が解らなかった。実際攻撃を仕掛けられたジェイルにも解らなかった。尤も、ファーンは総ての攻撃を寸止めして、ジェイルの身体には切っ先を掠める事さえしなかったのだが。
「しっかりしろ、ジェイル」
 ジェイルは両眼をあらん限り見開いて、この状況を把握しようと必死だった。そして、自分が眼前の男に、ファーンに“負けた”のだと察した。
 ファーンは首を飛ばされる直前のセストを投げ飛ばし、ジェイルが先程セストに対してやって見せたのと同じようにその刃を足で受け止めたのだ。
 ジェイルは肩膝をつき、アックスを足元に置いてファーンに頭を垂れた。服従を示し、己の敗北を認める姿勢だった。
 その瞬間、一斉に拍手が沸き起こった。ジェイルは唇を噛み締めた。危険となれば、隊長が手を貸してでも下流階級者を“負かす”。これが騎士団のやり方か。この人を味方と信じた自分が間違っていたのか。
 しかし、
「すげーぞ、ジェイル!」
「ジェイル、おめでとう!」
 あちらこちらから、ジェイルを賞賛する歓声が聞こえた。そして、ジェイルの前に、大きな手が差し延べられた。ジェイルははっと顔を上げる。
「ジェイル・カトラス、おめでとう」
 ファーンは穏やかに微笑んだ。
「しかし、私は……」
「君のように優秀な人間を入れないとなると、騎士団には大いな損失だ」
 かつかつとジェイルに歩み寄る、四人の鎧の騎士達。その中で、赤いマントを翻す老練な騎士がおおらかな口調でそう言った。ぽかんとしているジェイルに、老騎士は微笑を浮かべた。
「クレルモンフェラン王立騎士団団長以下、四人の連隊長全員が、君を認めたという事だ」
 ファーンは老騎士に一礼すると、老騎士の部下と思しき三人の騎士の隣りに立った。つまり、老騎士が団長で、ファーンを含めた四人が第一から第四迄の連隊長というわけか。
「生まれや身分なぞ関係ない。君の実力は、この場にいる全員が認めておる」
「これまでの戦いを見て、それでも彼を認められないような奴がいるなら、二度と騎士団の試験を受けようなどと思わない事だ。他の実力を計れない者に、騎士団に属する資格はない!」
 第一連隊長が声を張り上げると、拍手が波のように広がった。誰もが、ジェイルを認めたのだ。ただひとり、マグナスだけが苦々しい顔付きで外方を向いていたのを、ファーンは見逃さなかったが。
「ジェイルは第四連隊へ、セスト、君は第一連隊だ」
「は……私、ですか?」
 床にこびりついた血にどろどろに汚れたセストは、口をあんぐりと空けて、団長直々の言葉に呆然とした。
「君ら二人は合格、後の者は、予定通り二日後に発表する。以上、今日は解散!」
 団長の声を合図に受験者達はめいめい更衣室に引き上げた。
 こうして、この年のクレルモンフェラン王立騎士団入団試験は終わった。




 その夜、ファーンは深夜零時を過ぎて、教会の側で奇妙な歌を聴いた。知っているような、知らないような、そんな歌。それは賛美歌だと、暫くして気付いた。ファーンは日課で、仕事を終えて宿舎に戻る前に、必ず街の片隅にひっそりと建つ教会にお祈りに行く。それは、かつて犯した過ちに対する懺悔の意味も篭っていた。声のする方へ歩いてゆくと、それは教会の中から聞こえてくると解った。
 ファーンはそっと教会の扉を押した。重い扉が動く時、ぎぎぎと鈍い音がする。その瞬間、歌声はぴたりと止まった。声の主は教会の一番前のベンチに座っていたが、さっと立ち上がり、入口を振り返った。左足を引き擦りながら。月が、教会の西側から光を投げ、西の窓に作られた巨大なステンドグラスから、青い光が歌声の主を照らしている。
「君は……ジェイル……?」
 ファーンは眼を細めた。青い光に、金色の髪が煌めく。
「第四連隊長殿……」
「やっぱり、ジェイルか。どうした、こんな時間に?」
 ファーンは教会に入ると、ゆっくり扉を閉じた。
「隊長こそ」
「俺は、日課だ。仕事が終わったら、チュール様に祈りを捧げる」
 ぐるりと八枚のステンドグラスで囲まれた教会の、南側の壁を指す。軍神、チュールを描いたステンドグラスがそこにあった。
「戦いの神……勇ましい男なのでしょう、私も彼のような騎士になりたいと思います」
「そうだな。で、どうしてこんな時間に此処にいるんだ?」
 はぐらかそうとしていたのにあっさり蒸し返されて、ジェイルは小さく溜め息をついた。
「…………隊長は、今時分から実家に帰る事が出来ますか?」
「成程、そうだな……」
 騎士団長の試験終了の合図を聞いて、真っ先に出て行ったのはシュアナクラッセ以下の者達だった。シュアナクラッセ以下の者は、商い等を目的としての特別の許可証を持たない限り、ある時刻を過ぎて城壁の内外の移動が出来ない。つまり、夜になると城下町から出る事が出来なくなるのだ。シュアナクラッセ以下の者達は、城壁の外に住んでいる。尤も、それが貧しく苦しい暮らしかといえばそういうわけでもなく、階級は十段階に分けられているといえど、最下層のティアナクラッセであっても、その日の暮らしに困るほどのことはない。精々、騎士団の入団試験で不利になる程度のことだ。上流のもの達からはからかわれるが、生活の程度が酷いわけではない。だが、ある時間を過ぎると城壁の内側にいる平民は大変なのだ。ジェイルとて、初めからそれは解っていた。だが、極度の疲労と怪我から、時間内に城壁の外に出る事は不可能と判断し、城の傍の試験会場をとなっていた騎士団の鍛錬場を後にすると、そのままこの教会に転がり込んだのだった。当然、ファーンもシュアナクラッセの出身、自分の生家は城壁の向こうにある。ジェイルの言わんとする事は、すぐに解った。
「全く、この階級制度というのは、厄介なものだな」
「この国の階級制度など、大した事ではありませんよ。私達だって、多くを望みすぎなければ、何だって出来る。明日の食事に困る事だってありません」
「お前は、他の国を知っているのか?」
「……聞いた話です。ジェラベルンから来たという冒険者に会った事があるので」
 ジェイルはゆっくりと首を横に振り、微笑んだ。何かを誤魔化しているかのようにも見えたが、ファーンは敢えてそこに触れようとはしなかった。
「それで、今日はこの教会に泊まろうというわけか。さっきの歌は、ヴァルキリー様への賛歌だな?」
「騎士は皆、ヴァルキリー様のお導きを望むものでしょう?」
「さぁな。少なくとも俺は……第四連隊はそうでもないからな。ヴァルキリー様に選ばれるのは、魂のみ。一度死なねば、ヴァルキリー様に従う事は出来ない。生きていなくては意味がない……だろう?」
 ファーンの言葉に、「そうですね」とジェイルは曖昧に頷き、青い鎧を纏った戦乙女のステンドグラスを見上げた。月の光が、戦乙女の身体を突き抜けてジェイルを照らしている。そして、ジェイルは静かに歌いだす。奇妙な、賛美歌。この歌の違和感に気づかないファーンではない。だが、その意味が、このときはまだ解らずにいた。
 穏やかな顔をした、美しい少年。まだまだあどけなさの残る横顔は、先程の執念だけで戦い続けていた血まみれの戦士と同一人物のものとは思えない。
「……お前は、引き返す事は出来ないのか?」
 穏やかに、戦乙女に歌を捧げる少年にそっと囁く。少年、ジェイルは眉を寄せた。
「何の冗談ですか?」
 月明かりに照らされた横顔に、深い影が差す。

 二人の人生が、大きく変わり始めた。
 月の光に照らされながら……


fin
総てを隠して、未来へ生きる。
執念と、憎しみだけを糧に。
信じるものにさえ、偽る真実。
信じるものにさえ、己を偽って少女は少年の生を生きる。


INDEX

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