未来の事なんか誰にも解らない。
 けれど祈りが届くなら、死して尚戦い続ける者達の魂が幸いであるように。


   亜麻色の髪の貴方



 ジェイルは悩んでいた。
 エインフェリアとなってからというもの、妙に気になる事がある。視線だ。何故だか、常に見られている気がする。視線の方へ振り返ると、大抵ジェラードか夢瑠か那々美がいる。特に、那々美が多い。監視されているかのようだ。そんな訳はないかと思うが、どうにも気になって仕方がない。
 気に障るような事をしただろうか?
 しかし、エインフェリアになってまだ一週間だから、誰かに何をした覚えなんか全く無い。漸く仲間の名前を覚えたばかりで、誰かへの粗相など記憶にない。いや、寧ろ、彼女達と挨拶以上の言葉を交わした事がないのだ。戦いでよく組むメルティーナやエイミ、何かと気に掛けてくれるロウファ、気さくなカシェルや兄貴肌のアリューゼとはそれなりに話もしているが、年少の者達とは余り話していない。その所為で、誤解が生じているわけではあるまいか。
 今も、ヴァルキリーが神界へ定期報告に行っている間鍛錬をしておくようにと言われているから素振りをしているというのに、妙な視線が気に掛かる。振り返ると、遠くに例の三人が見える。今度は悲鳴のような甲高い声まで聞こえて、眉を顰めた。何かあったか? いや、そうは見えない。三人は睦まじく戯れているだけのようだ。顔をしかめてその様子を眺めていると、また彼女らは甲高い声を上げた。どうやら、悲鳴ではなく歓声のようだ。
 全く、“女の子”というものは解らない。と、自分が性別上は女である事などすっかり忘れて、ジェイルは溜息をつく。
「幸せが逃げてしまいますよ」
 背後からの声と共に、不意に白い何かに視界を遮られた。引き剥がしたそれはタオルで、目の前には、青い眼を細めた穏やかな微笑が浮かんでいた。
「ロウファ……」
「溜息をつくと幸せが逃げると言うそうですよ。少し休んだらどうです? ぼんやりしていたら怪我をしてしまうし、気になる事があるなら、相談に乗りますからから。頼りないかも知れないけどね」
 そう言って照れくさそうに笑うロウファは頼もしかった。
「そんな事ない。頼りにしてる。……そうだな、少し休もうかな」
「そうしましょう」
 ロウファと二人並んで三人娘と反対方向の巨木に移動する間も、ずっと視線が纏わり付いて離れない。寧ろ、絡みつく重みが増している。
「――視線を、感じないか?」
 草地の真ん中にあるユグドラシルを彷彿とさせるような巨大な木の、地中から張り出した根に腰を下ろし、ジェイルは呟いた。
「それは……ジェラード様達から?」
 無意識にロウファが声を潜めると、ジェイルは深く頷いた。
「やっぱり、ジェイルもそう思うんですね」
「あぁ、監視されているような気がする」
「僕も感じてる。でも、今まで誰も――カシェルやアリューゼさんに話しても、気の所為だというばかりで」
「いや、確かに見られてる」
 ジェイルは言い切り、離れた木陰に移動して、ちらちらとこちらを伺う三人を睨んだ。
「もしかしたら、ヴァルキリー様に命じられているのかも……」
「あぁ、私もそれは考えている。勇者としての適正を見ているのかも知れない」
「でも、どうしてあの三人に……」
「欺き易いからではないか? 誰も、あの三人が監視役だとは思うまい」
「そうか。僕も、一度は疑ったものの、直ぐにその考え自体を疑いました。……でも、アリューゼさんが気付かないものでしょうか」
 図太そうに見えて敏感だ。そうでなければ、傭兵としてはやっていけない。その天才的な感覚は、ロウファもよく知っている。
「騎士の出の者だけなのかも知れないな。騎士だったが故の何かしらの問題があるのかも知れない」
「成程……。或いは――」
 次から次に互いの考えを述べ合い、二人は真剣に話し合った。自分は勇者としてはどうか、何故あの三人が監視を任されているのかを。
 余り話に集中していたために、ある事に気付かなかった。別の視線と気配に。
「誰だ!?」
 ロウファは突然立ち上がり、槍を突き上げた。気配は、樹の上にある。直後、ジェイルは素早くロウファの背後に回り、剣を構えた。樹の上だけではない。樹の裏側に、誰かいる。
「うわぁっ!」
「うぉっと」
 槍に驚いたのか、ざわざわと頭上の枝が揺れて、カシェルとエイミが毛虫のように落ちてきた。
「あっははははは、あんた達すっごいわねぇ〜」
 高らかな笑い声と共に、メルティーナも樹の裏側から現れる。
「カシェル、エイミ、メルティーナ!」
「何してたんだ、樹の上で?」
「昼寝。高いとこは気持ちが良いんでな。けど、エイミまでいたなんて気付かなかったぜ。オレより上にいたのか?」
「当たり前だろ。甘いんだよ、カシェルは。ま、あんたがあたしのいる高さまで登って来られるわけもないけどね」
「くっそぉー」
 エイミがからからと笑うと、カシェルはあからさまにむくれて見せた。
「あたしは裏側で本読んでただけだけど、あんた達があんまり面白い事話してるから、来ちゃったわよ」
「え?」
 メルティーナはインフィニティロッドをくるくると回しながら、首を傾げる二人を笑った。
「あんた達、本気であんな事考えてんの?」
「あんな事?」
 ジェイルは訝し気に聞き返し、三人を順に見た。三人が三人、同じ様ににやにやとしている。
「そっ。あの小娘共があんた達を監視してるとかさ」
「そうとしか思えません。でなければ、僕があの娘達に嫌われているかだけど……」
 真剣に考え込むロウファに、エイミは肩を竦めた。
「逆には考えないのかねぇ、全く。騎士さんてやつは、困ったもんだ」
「ホントにな。ヴァルキリーに言って人物特性〈心配性〉をガンガンに下げてもらわなきゃ」
 当の本人達をほったらかしにして三人が話を進めるため、ジェイルとロウファは訳も解らずその様子を見ていた。だが、一つだけ確かに言える事がある。
「みんなは、何か知っているんだな?」
「そのようですね」
 警戒心剥き出しで睨みを利かせるロウファとジェイルに、三人は呆れるような哀れむような表情を見せた。
 騎士というのは、なかなかやり難い。真面目なようで妙に世間ズレしている。
「どう言ってやれば良いのかしら……」
 メルティーナでさえ、ほとほと困り果てている。こうも真面目に考え込まれては、からかう対象にすらならない。取り分け、騎士というのは他の職業の戦士に比べて知的だが、根本的に間違えるとドツボだ。
「簡単に言やぁ、お前らはあの娘らの“アイドル”なのさ」
「「アイドル?」」
 二人の声が重なった。
「私達が?」
「そうよ」
「あの娘達の?」
「あぁ」
 二人は腑に落ちないのか、未だ険しい貌をしている。ロウファは眉間に皺を寄せて困惑している様子を見せ、ジェイルに至っては疑心暗鬼に囚われているのだから、困ったものだ。その一言で理解して貰えると思っていただけに、カシェル達は眉をしかめた。何を悩んでいるのだろうか?
「アイドル……」
「そう」
「それが、私達を監視するのとどう繋がる?」
 ジェイルの真剣な一言に、三人は吉本並にベタにずっこけた。
「なんでそーなるのかなっ」
 カシェルが必死に突っ込み、メルティーナが後を継ぐ。
「そーじゃなくって! あんたらが好きだから見てんのよっ。もぉ、ジェイルって那々美と三つしか変わんないんでしょ? あたしとあんたより近いのよ? 何で解んないかなぁ。そんなに頭堅かったら、直ぐ偏屈で堅物なおばはんになるわよ、ロレンタみたいな」
 メルティーナが言い終わるが早いか、メルティーナの頭上すれすれにクロス・エアレイドが撃ち込まれ、樹の枝に実っていた赤い果実がぼとぼとと落ちてきた。
「ったー、何すんのよっ!」
 クロス・エアレイドを撃ったのは、勿論ロレンタ。七メートル向こうで杖を構えている。
「あら、ごめんなさい。魔法の訓練をしていたものだから。その実が的だったのよ」
 つかつかと歩み寄りながら、貴婦人特有の大らかな笑みを浮かべるロレンタの隣りには、やはり杖が浮かんでいる。そのくらいの事にわざわざ魔法を使うなよとメルティーナは何度突っ込んだ事か。
「ロレンタ、あんたからも何とか言ってやってよ」
 怒りに震えるメルティーナはさて置いて、エイミは樹の実をかじりながらジェイルとロウファを差した。
「あら、どうしたの? ジェラード・夢瑠・那々美に監視されてるとでも思い込んでるの?」
「聞いてんじゃないのよ、この地獄耳!」
 言った瞬間、メルティーナの足元が軽い爆発を起こした。
「ったいなぁ、詠唱ナシでバーンストーム使うのやめてよね!」
 魔術学院長の実力は健在である。
「で、どうしたの?」
「いや、ロレンタの言う通りでさ、二人して監視されてると思い込んでるもんだから」
「憧れ……そうねぇ、アイドルみたいなものだと――」
「それは言った」
 カシェルが即座に答えた。それでも解って貰えなかった事に脱力しているのだ。
「アイドルって、どういう事でしょう? 気に入って貰ってるという事ですよね?」
 ロウファが問うと、ロレンタは頷いて、
「憧れているのね。少し違うけれど、恋に似た感覚で」
「恋? 私は女だと彼女等は知っている筈だが?」
「だから、“似てる”だけで本当じゃないのさ」
 二つ目の実にかじり付き、エイミはくすりと笑った。
「少女の頃には、兎角“王子様”に憧れるものなのよ」
「みたいだねぇ。あたしにゃよく解んない感性だけど、確かにロウファは、もろ“王子様”って感じだよな」
 エイミはロウファの首に腕を回し、貌を引き寄せた。
「何しろ、人物特性〈美形〉だし。ふぅん、成程ね、確かに綺麗な貌立ちしてるわ」
 息の掛かりそうな程近くから、エイミはロウファを覗き込む。途端に、ロウファの頬がエイミの手の中の樹の実のように紅潮した。
「そ……そんな事ありませんよ」
 慌てて、ロウファはエイミから離れる。しかし、エイミの反対側にはメルティーナがいた。
「あははっ、出たわね、人物特性〈ひかえめ〉!」
 メルティーナも、同じようにロウファの首に腕を掛ける。
「繊細な貌立ちしてんのよね」
「ブロンドの髪に青い瞳は、王子様の典型ね」
 ロレンタがおっとりと微笑んだ。全く同じ事を言おうとしていたメルティーナは、「解ったような事言っちゃって」と、鼻で笑った。ロウファの鼻先にメルティーナがわざと貌を近付けると、件の少女達は悲鳴にも似た雄叫びを上げる。
「俺もかなり良い線いってる筈なのに、〈美形〉は入ってねぇし、あの娘らにきゃーきゃー言われたりする事もねえんだよなぁ。やっぱ髪の色が悪いんか?」
「何寝ぼけた事言ってんだよ、髪だけじゃなくて頭も悪いくせに」
 からからと笑い飛ばして、メルティーナはカシェルの額を指で弾いた。
「そうか? 私は、カシェルの髪は美しいと思う。青みがかって艶やかで……綺麗だ」
 むくれるカシェルの髪を一房掬い上げ、ジェイルは嬉しそうに瞳を細めた。
「ジェイルだけだぜ、そんな事言ってくれんのは!」
 カシェルは大喜びでジェイルに飛び付いた。向こうの木陰で、少女達が叫んだ。
「……さっきから、あの奇声は……」
「いや、今のは歓声だろ?」
 エイミが思わず突っ込んだ。
「ジェイルも外見は男だし、緑がかった金髪に金色がかった緑の瞳って、確かに綺麗だもんな。ジェイルも王子様候補だ」
「あの娘等、絶対BL好きよね」
 カシェルとジェイルの距離に興奮した声を上げるのがその証左。
「良かったじゃない、カシェル。BLの基本は美男子だから、あんた一応その範疇よ」
 メルティーナは益々愉快そう笑い飛ばした。
「全く、貴方は相変わらず品がないわね」
「うっさいわねぇ」
 人物特性〈気品〉がウリ(謎)のロレンタは、教え子に対してすっかり呆れていた。
「BL?」
 当然の事だが、“アイドル”さえろくすっぽ理解出来ないジェイルに、“BL”など解ろう筈もない。
「男同士のレ・ン・ア・イ」
 メルティーナはノリノリだ。エイミとカシェルは、間違いなくメルティーナもBL好きだと思った。
「あぁ、衆道の事か」
「ん〜、そぉだけど、なんかむさ苦しいイメージあるわね、その言葉」
「つか、抵抗ないんだな、ジェイルは?」
 ロウファはあまりすんなりとは受け付けられないらしく、渋い貌をしているのだが。
「衆道は、騎士団の中にも少なからずあったからね。公認はしていないけど、みんな黙認していたよ」
「そぉなの?」
 メルティーナが喰らい付いた。
「じゃぁ、ジェイルも隊長とそうだったわけか」
 衆道の間柄だと思い込まれていたのだろう。カシェルは何気なく言った。だが、ジェイルは曖昧に微笑んだ。
「そうじゃないよ。……そうじゃない。隊長は私に協力してくれていたし、私は隊長を利用――していたけど、それだけだ」
 出来る限り明るく笑って見せようとするジェイルが居たたまれない。ジェイルは男ではないのだから。もし、騎士団の他の男がジェイルに惹かれたとすれば、それは衆道故かも知れない。だが、彼はジェイルが女だと知っていた。惚れたって、何の不思議もない。
「悪い」
「いや、こっちこそ……気を使わせるつもりはなかったんだが……済まない」
 尚も笑おうとするジェイルの亜麻色の髪を、カシェルはがしがしと乱暴に撫でた。
 何とか重くなりかけた空気を払拭しようとカシェルは思案していたが、思い付くより早く、エイミがジェイルの後頭部を軽く叩いた。本人は軽いつもりでも、エイミは女性陣の中では一番の怪力だ。ジェイルは相当痛かったに違いない。
「エイ――」
「うっとうしいなぁ。あたし、辛気くさいの大っ嫌いなんだ。隊長があんたの事見てなかったかどうかなんて、あんたに解んないだろ。本心なんか、本人にしか解んないんだし。けど、あんたが隊長に惚れてたのは確かなんだから、それには自信も誇りも持って良いんだ。だから、自分の事“私なんか”とか言うんじゃないよ!」
「エイミ……」
「そーよ。それに、ロウファ! あんたも男なんだし、この馬鹿の友達なら、ちょっとはフォローするなり、優しい言葉掛けるなりしなさいよ。(あたしの足下にも及ばないとはいえ)頭それなりに良いんだから、そんくらい出来るんでしょっ?」
「あ……はい」
 メルティーナに背中を突き飛ばされ、ロウファは勢い込んで今にもジェイルに抱き付きそうだった。また、遠くで歓声が上がる。
「ちなみに、あの娘らみたいに自分から動き出しもせずに遠くで屯してんのも嫌いだ……なっ」
 言いながら、エイミは両足を前後に広く開いて踏ん張り、上体を捻って長槍を放った。上体のバネと手甲の竜を利用し、怪力から放つエイミの独特の投法は、槍に特異な回転を持たせ、ものすごい速さで飛んでゆく。僅かにな弧を描いて宙を駆る槍の先には、アリューゼの姿がある。いつからそこにいたのか、三人娘のいる樹の反対側で、大剣を振っていた。
「アリューゼ!」
「危ねぇ、アリューゼ!」
 ジェイルとカシェルが声を上げる。槍の気配に振り返ったアリューゼは、剣を一閃させ、風圧のみで吹き飛ばした。かと思うと、その時には既に走り出していたエイミが跳躍し、宙空で槍を掴んでアリューゼに振り降ろした。アリューゼは大剣使いとは思えない敏捷さで剣を構え直しエイミの攻撃を受け止めた。
「やっるー」
「何しやがんだ、エイミ!」
「じっとしてんのは飽きたのさ。それに、あそこの柔な男共相手じゃつまんないからね。あたしはあんたが(戦う相手としては)一っ番好みなんだ」
 カシェルの“大きい事は良い事だ”的観念による人物特性〈大声〉に対抗出来るくらい、エイミも声が大きい。いや、大きさより寧ろ通りが良いために、空間によく響く。当然、巨木の下のジェイル達や、離れた木陰のジェラード達にもその声は聞こえた。
「おぉ、おぉ、吠えたなぁ」
「ジェラードに対する当てこすりね、あれは」
 メルティーナがくすくすと笑い、ジェラードを伺う。遠目から見てもむくれているのは明らかだ。
「ジェラードは、アリューゼを……?」
「慕っていらっしゃるみたいだよ」
 ジェイルの問いに、答えたのはロウファだ。ジェラードのアリューゼに対する態度は微笑ましく、ロウファも穏やかに見守っている。
「まぁ、ジェラードがロウファに憧れているのも、半分はアリューゼに対する当てこすりね。あとの半分は照れ隠しだわ」
 ロレンタは穏やかに呟き、瞳を細めた。不器用で愛らしい少女達。自然と、ジェイルも瞳を細めていた。
「ばばぁくさいのよ、ロレンタは。それに、ジェイルもっ!」
「わ、私?」
「まぁまぁ。それより、見ろよ、ジェラードの奴! そろそろファイアランスの一発もかますんじゃねぇか?」
 メルティーナの一言に困惑するジェイルを、カシェルが引っ張った。
「そうねぇ、エイミにしてみりゃ、そのくらいやってみろって感じなんでしょうけど」
「え?」
「解ってないのね、ジェイルは」
「……“自分から動き出しもせずに”か」
 ジェイルより早く、ロウファが納得した様子で頷いた。
「そーいうコト」
「エイミは、何でも良いから自分から動いて欲しいんですよ。どんなに小さな事でも良いから、本気で。仲間で屯して守られてるんじゃなくて……」
 そういう事か。
 全く、なんて不器用なのだろう。なんて愛しいのだろう。ひたむきで、嘘つきで。なんて……
「仕方ない、こーいうの嫌いなんだけど……ストーン・トウチ!」
 メルティーナが軽くインフィニティロッドを振る。石化魔法に掛かったのは、アリューゼの足と振り降ろしていた剣の切っ先。アリューゼの頭上に飛び上がっていたエイミは、それに気付かなかった。
「もらったぁっ!」
 エイミの槍が額に迫る。アリューゼが身体を捻り、かわそうとした、その時――
「アイシクル・エッジ!」
 ジェラードがエイミの背中に向かって勢い良く杖を振った。
「エイミ!」
 背中に氷の刃を喰らい、エイミの身体は背中を突かれてアリューゼの肩を越えた。エイミは空中で身体を反転させて着地する。同時に、メルティーナがアリューゼに掛けていた石化魔法が解けた。
「おらぁっ!」
 地に足をつくや、直ぐ様地面を蹴ってエイミはアリューゼに向かって槍を振り上げる。周囲に目もくれず得物を交えんとする二人の間に割って入ったのは、カシェル。
「お前の相手は、この俺だっ!」
 エイミの槍を頭上に翳した大剣で受け止めた。
「俺の強さを思い知れ!」
 冒険者として気心の知れた二人は、振るう刃を真剣に交え、下手を打てば大怪我をするようなぎりぎりの戦いをいつでも繰り広げている。まるで戯れ事のように。打ち合いながら、二人は物凄い速度で草地を駆けた。地の果てまで駈け抜いて、神界にまで突っ込みそうな勢いだ。
「まぁ、なんとか及第点ってとこかしらね」
 そうは言いながらもメルティーナが満足そうに微笑むと、ジェラードがアリューゼの側へ歩み寄っていた。
「全く、わらわがいなければ、大変な事になっておったぞ」
「はっ、何処ぞの誰かが余計な事しなきゃ、なんの問題もなく勝ってたんだがな」
「……?」
 アリューゼがちらりと巨木へ視線を投げる。メルティーナがくすりと笑い、肩を竦めた。
「お……お主も、エイミのような女が好みなのか?」
「は?」
「なんでもないっ! 気にするな。とにかく、お主は何かと危なっかしいからな、わらわがまた助けてやる」
 頬を真っ赤に染めて気丈に振る舞うジェラードは、なかなか可愛らしい。
「あははっ、大したツンデレっぷりだコト! まぁ、今日のところはこれでいっか。じゃ、私はもう行くわね。まだ本が途中なのよ」
 ひらひらと手を振りながら、メルティーナは巨木の裏側へ引っ込んだ。
 解らない振りをして、興味のない振りをして、実はみんな解り合い、思い合っている。
「良いな……」
 ジェイルがこぼした。
「みんなにとって、貴方も仲間なのよ」
「……仲間、か」
 それは、こんなにもきらきらと輝いて眩しいものなのか。
「ジェイル、ロウファ!」
 愛しく、温かく、美しい人達。死して尚、優しく穏やかな人達。広い草原を見渡し、エインフェリアの姿を見詰めていると、夢瑠と那々美が駆け寄ってきた。
「あらあら、二人も、“自分で動いて”来たみたいね」
 独特の民族衣装の裾をひらひらと揺らして飛びついてきた夢瑠はロウファの腕を、那々美はジェイルの手を取り、引っ張った。
「お話しませんか、ジェイルさん。未だ、ジェイルさんとはちゃんとお話した事がありませんから……」
「ロウファも! 結構長いのに、ちゃんと話した事ってあんまりないもんね?」
「そうだね」
 少女達の笑顔が余りに眩しくて、ジェイルは胸が熱くなった。生きている者と変わらず、エインフェリア同士なら温もりさえ伝わるらしい。那々美の指が、温かい。
「話をしようか。私にも聞かせてくれ、海藍の話を」
「はい」
 巨大樹の下のロレンタに見送られながら、少女達に導かれて、二人の騎士は野を駆ける。

 騎士団は、どこの国にあっても閉ざされた世界だ。特にクレルモンフェランは、独裁的な王が国民を洗脳して戦争に駆り立てているというし、ジェイルが所属していた王立騎士団も、偏った考えをもっているだろう。それは、父親が騎士団長で、騎士としての英才教育を受けていたロウファも同じ。世間と感覚がずれても致し方ない。
 それに、ロレンタの知る限り、ジェラベルンでは十年前に大きな騒動が起きている。一般市民が殺され、一家が離散する悲劇。ジェイルがその被害者だとしたら、二十歳で死んだジェイルは、十歳の頃から憎しみに駆られ、性を捨てて生きてきた事になる。あの少女達のように、恋をしたり、誰かに憧れて背伸びをする年頃さえ、そうして塗り潰して来たのだとしたら。
「今からでも遅くないわ……あの子達も、幸せにならなくちゃいけない。あの子達の事、ちゃんと見ていてあげなさいね?」
「解ってるわよ。なんだかんだ言っても、あいつらはあたしらにとっても“アイドル”なんだから」
 おもちゃとも言うけど。金色の髪が風に靡いた。

 ラグナロクまで後僅か。
 嵐の前の静けさのようなこの幸せが、嵐の後も続きますように。

fin
明るく楽しい仲間達。
苦しみなんか、乗り越えていこう。
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