寒いですね。
 三年待ったけれど、やっぱり貴方は来ない。
 知ってるけど、貴方は来ない。
 ほら、雪が……


   弱虫サンタ


 静かに、静かに、雪が降る。
 貴方のいないこの劇場で、俺は今でも貴方を想っています。貴方の上にも、雪は降っているんだろうな。静かに、静かに。
 貴方は全部お見通しだった。だから、本当はずっと前から気付いていたんでしょうね。俺の気持ちに。初めて逢った頃から、ずっと惹かれていたんです。大胆で繊細で、気丈で穏やかで、厳しくて優しい貴方に。
 あの日……初めてのクリスマス公演『奇跡の鐘』が終わった後、打ち上げの会場を抜け出して貴方は舞台の上にやってきた。俺は公演後のひやりとした舞台袖の空気が好きで、あの時、偶々舞台袖にいた。緞帳の下りた暗い舞台をランプで照らし出して、何をするのかと思ったら、貴方は徐ろに舞台の真ん中に大の字に寝転がった。
「そこにいるの、加山君?」
 完全に気配を消していたつもりだったのに、貴方にはすっかりお見通し。俺は舞台の真ん中の、貴方の隣りに腰を下ろした。
「気持ちが良いの。少し……寒いけど」
 酒に強いはずの貴方の頬が上気していて、随分と浮かれた調子で、貴方も公演の成功を喜んでいる事が解って嬉しくなった。そして、愛しくもなりました。
 不意に眼を閉じ、白い息を吐き出した貴方に口付けたのは、衝動的な行動。貴方は驚いて身体を起こしたけれど、今度は俺に口付けてくれた。
「私も、加山君とキスをしたいと思ったの」
 酒のためか、蝋燭の明かりのためか、貴方の頬は随分と紅く見えた。
 貴方が好きです――俺は初めて、そう言いましたね。貴方は、微笑んで、もう一度キスをくれた。


 ねぇ、かえでさん。俺は……――
 

 翌年は、大神のいないクリスマス公演。俺と貴方は、また舞台の上で口付けを交わした。その翌年もまた。三年目、俺達はやっぱりキスをしたけれど、マリアさんは突然の引退を表明した。翌月には、アメリカに渡った。
 マリアさんが旅立ったその年、大神はクリスマス公演『奇跡の鐘』の上演を渋った。聖母役はマリアさん以外考えられないと俺には漏らした。だが、あいつはやらなくちゃならなかった。
 俺はアメリカに渡り、任務の傍らマリアさんを探した。マリアさんは見付からなかった。貴方が何かを隠していたのは明白だったけど、誰にも決して話さなかった。隠されれば隠される程俺は躍起になって探し、時々帰国をしても疲れ切って、仕事の他は殆ど眠って過ごした。僅かの日本滞在の間、身の回りの世話を貴方は焼いてくれていたけれど、俺はそんな事すら気付かずにいた。「私、貴方のお母さんじゃないのよ」と貴方は言った。そんな言葉も耳に届かなかった。その言葉の意味も解らなかった。疲れていたと、言い訳ばかり。同じ国に、同じ街、同じ部屋にいながら、貴方の傍にはいなかった。
 次のクリスマス、俺は貴方と口付けを交わす事は無かった。変わりに、雪のように冷たい言葉を聞いた。
「結婚するの」
「そうですか、お幸せに」
 俺は、そう答えるだけでしたね。どうして、と、そう聞く勇気も無かった。自分の不甲斐なさを認めるのが怖かったんです。
 後々、藤枝の家のために身を固めなくてはならなくなったと、人伝に聞きました。
 あの時、俺は自分の仕事にまだまだ精一杯でした。貴方につりあう男になりたくて。仕事に没頭しながら、マリアさんを見付けて大神と逢わせる事が、とても重要な任務にさえ思えて、貴方の寂しさにも気付けずにいて。
 俺がアメリカに行っている内に結婚を決めていた事、そんなことも解らなかった。貴方に幸せをあげたくて月組の務めを果たそうとしていたというのに、貴方に恋人が出来ていた事すら知らずにいた。月組隊長失格だ。
 何も出来ない俺は、ただ貴方を見送った。ただ貴方が幸せでいればと祈った。俺が幸せをあげたかったのに、俺の弱さがいつの間にか貴方と俺とを引き離していた。
「もし……私が幸せになれなかったら、迎えに来てくれる?」
 貴方は小さく笑いながらそういったけれど、俺は答えられませんでした。その時、「俺が幸せにします」とすぐに言える勇気があれば……。
 貴方はずっと待っていてくれたんですよね、本当は。俺が貴方に追いつこうと必死になっている間ずっと、俺を待っていてくれたんですね。だけど、俺は貴方に大切な言葉を伝えられないまま……。


 かえでさん、俺と結婚して下さい――


 その一言さえ言えたなら。その勇気さえ、あったなら、貴方を幸せに出来たのに。貴方を抱き締められたのに。

 あれから三年が経ちましたね。三度目のクリスマスが近付いている。俺は確かにあの頃、貴方が好きだった。いや、今でも貴方を想っています。
 緩やかに時間が過ぎる。貴方のいない時間が。
 俺は息を吐き、空を仰ぐ。
 結婚をしても仕事を続けていた貴方は、大神がアメリカへ行きたいと言い出すたびに穏やかに微笑みながら信じて帰りを待とうと言っていたけれど、貴方は何かを知っていた。俺は気付いていました。微笑む貴方の瞳に、いつもぼんやりと落ちる眩い影に。でも、気付かない振りをした。語らないこと、それが、月組の務め。
 一番悲しかったのは、きっと貴方だった。総てを知っている貴方だった。それでも貴方は微笑んでいた。
 悲しい貴方を、支えたかった。悲しい貴方の傍に貴方の夫はいない。いつも働いている。あの頃の俺とちっとも違わない。貴方にはそれでも良かったんですか。貴方はちっとも幸せそうじゃない。
 俺の目に、幸せな貴方は映っていません。いつも、いつも――


 雪が降ってきました。

 静かに、静かに、雪が降ってきた。

 どうしてでしょう……息が、詰まりました。
 かえでさん……かえでさん……――
 俺は幼く勇気がなくて、貴方とつりあわない自分に自信が無くて、断られることが怖くて、どうしても言えなかったんです。本当はずっと言いたかったこと。
 どうして言わなかったのか。貴方はずっと待っていてくれたのに。
 好きでも一緒にいられない。
 好きだから、一緒にいられないって――貴方は、そう言った。
 俺は一緒になりたかったのに、一度もそれを口にしないまま貴方を行かせてしまった。それを口に出来ていたなら、貴方は俺を選んでくれましたか? 死が二人を別つまで、ずっと一緒にいられたのでしょうか。
 俺は弱くて臆病で、悲しい思いをさせてたんですね。
 今なら貴方を守れると、貴方を幸せに出来ると、そう思えるんです。だから、今でも貴方を待っています。貴方を幸せにしたいから。
 今なら、貴方を守れます。今なら、貴方を幸せに出来ます。
 貴方に、ありったけの幸せをあげる。
 ……いえ、貴方のあの時の言葉が本当なら、俺は今すぐにでも、貴方を……

 かえでさん……かえで、さん……
 好きだ。
 好きだ。
 好きだ、……………………「かえで」
 結婚しよう。

 今なら、この一言がいえるから。
 たった一言が、いえるから……迎えに行っても良いですか?
 不幸せな貴方を、あの幸せな男から奪い取っても、構わいませんか?


 かえで、かえで、
 美しいかえで。
 気丈な、貴方……


 静かに、静かに、雪が降ってきたよ。



 お帰り、かえで。




 貴方を、愛している。

Fin
一番大切にしたい人。
背伸びなんかせずに、言葉にすれば良かった。
幸せにしたいから。
迎えに、行こう。
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