大好き。
 心から、大好き。


     Smile Again


「斧彦〜!!」
「斧彦さ〜ん!!」
 一月十七日、帝都に、雪が降った。やまない雪はない。けれど、雪は降り続けた。
 大帝国劇場の玄関先で、帝国華撃団薔薇組の清流院琴音と丘菊之丞は、テラスの窓に向かって声をかけた。しんしんと降り続く雪の中、菊之丞は窓を見上げ、指に息を吐きかけた。
 今日は、薔薇組三人で少し遅い新年会をする予定だった。先に支度を終えて玄関を出た琴音と菊之丞は、まだ二階で仕事をしているらしい斧彦に、さっさと仕事を切り上げて出て来るように言おうと声を張り上げていた。
「もぉ、無視するつもりかしら」
「斧彦さ〜ん!」
「はぁ〜〜〜いっ!」
 突然の、背後からの声。二人は同時に振り返る。琴音は一気に後方に飛んだが、菊之丞は足をもつれさせ、更に滑って雪の上にしりもちをついた。ミニスカートに剥き出しの足は、ただでさえ冷えるというのに、雪に埋もれてしまい、菊之丞は思わず「ひぁっ」と悲鳴を上げた。
「あぁん、ごめんなさい、無視するつもりはなかったのよぉ」
 大きな腕が菊之丞を抱き上げる。凍りかけた足が、大らかな温もりに包まれた。しなを作って謝る巨体の男。彼こそ、二人が雪の中、ずっと呼んでいた太田斧彦その人である。
「だったら、さっさと返事してよね」
「ごめんなさぁい」
 溜息混じりに、琴音はじろりと斧彦をにらむ。斧彦は、形良く迫力のある唇を尖らせて拗ねて見せた。
「そもそも、どうして背後から出てくるのよ?」
「琴様と菊ちゃんが驚くと思ったから」
「すっごく驚きましたよっ!」
 珍しく声を荒げ、今にも泣きそうに叫んだのは、斧彦に抱き上げられている菊之丞。
「私もよ。全く、私達を驚かせた罰として、今日は斧彦のおごりね」
「えぇ〜〜」
 身体をくねらせながら声を上げる斧彦を、琴音がくすくすと笑う。
「つべこべ言わないの。私を怒らせたあんたが悪い」
「そーですね。今日は、ご馳走になりますっ!」
 愛らしい声で言いながら、菊之丞は斧彦の首に抱き付いた。
 温かい……。斧彦と一緒にいると、何故だかほっとする。大きな身体に低い声は普通だったら怖いはずなのに、斧彦は陽だまりのように暖かで、総てを包み込んでくれる。それが、心地良い。
「もぉぉっ、解った、今日は私がおごっちゃう!」
 反省したのか覚悟を決めたのか、斧彦は意を決して断言した。その瞬間、大帝国劇場の玄関が開いた。
「何、斧彦さん、おごってくれるのか?」
「えっ!?」
 振り返ると、花組の桐島カンナとマリア・タチバナが立っていた。
「カンナちゃんにマリアちゃん!?」
「あら、どうしたの、二人とも?」
「いや、雪やみそうにないし、なんかくさくさするなーって思って」
「あんまり苛々と私に当り散らすから、だったら外で温かくて美味しいものでも食べて、少しは落ち着こうっていう話になって……」
 それで、出ようとしたところで斧彦の声を聞いたというわけらしい。
「あたいたちも、混ぜてくれよ。奢ってくれるんだろ?」
「カンナ、それは失礼よ。太田軍曹に奢ってもらうなんて、悪いわ」
「マリアちゃ〜ん、私、確かに陸軍じゃ軍曹だけどぉ、そう呼ばれるのはあんまり嬉しくないわぁ」
「あ、すみません……」
「うふふ。『斧彦さん』ってマリアちゃんが呼んでくれたら、喜んで奢っちゃう」
 嬉しそうに微笑む斧彦を見上げ、マリアは頬を赤らめた。
「斧彦さん」
 マリアの淡い唇がそう囁くと、斧彦はますます嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「はぁい、行きましょ、マリアちゃん、カンナちゃん、菊ちゃん、琴音さん」
「よ・き・ひ・こ・は〜ん」
「斧彦さん」
「斧彦お兄ちゃん!」
「斧彦さーん。それに、琴音さんに菊之丞さん!」
 そろそろ行こうか、となったその時、今度は頭上で声がした。
見上げると、テラスに李紅蘭、レニ・ミルヒシュトラーセ、それにアイリスと榊原由里が顔を出していた。
「どぉしたの、そんなところで!?」
「聞いてもうた。なぁ、うちらも連れて行ってや!」
「僕も、行きたい。おごりじゃなくてもいいから」
「アイリスもー」
「え、私は奢って欲しいけど?」
「奢らないわけには行かないでしょ。出てらっしゃい、あったかいかっこしてね」
 斧彦にいわれ、三人は大喜びで廊下に駆け込んだ。今日は、薔薇組の新年会、だったはずなのに。琴音と菊之丞は顔を見合わせて笑った。もう、こうなったら全員呼んだほうが良いかも知れない。そんなことを考えていると、大帝国劇場の玄関の扉が再び開いた。斧彦は目を丸くした。そこには、さっきの四人の他に、真宮寺さくら、神崎すみれ、ソレッタ・織姫、風組の藤井かすみに高村椿、それに花組隊長の大神一郎と月組隊長の加山雄一、司令の米田一基に副司令の藤枝かえでまでいる。
「あらあら、なんなの、この人数?」
 琴音があっけに取られていると、由里がにんまりと笑った。成程、由里があそこにいて、噂(?)が広まらないわけがない。
「あの、私もお食事ご一緒したいです」
「偶には、付き合って差し上げてもよろしくてよ」
「こーんな寒いんじゃ、シェスタもろくに出来ませーん」
「私達も、参加させてもらえますか?」
「マリアさんも行くんなら、私も行きます」
「食事は大勢のほうが楽しいですよね」
「太田、俺にも奢ってくれ」
「なんだ、俺を差し置いておめぇらだけで行こうなんて馬鹿なこたぁ言うわねぇよな?」
「そういうわけで、みんなで行きましょ?」
 かえでの言葉に、それまで目をぱちくりさせていた薔薇組の三人は、急にこみ上げてきたおかしさに笑い出した。
「あはは、全く、なんて素敵なの」
 琴音の笑い声に、菊之丞と斧彦はうんうんと頷き、
「それじゃ、行きましょうか」
「ほんまにえぇの?」
「当たり前でしょ。何のつもりで来たのよ?」
 やった、と、アイリスが駆け出した。分厚いコートで着膨れて、転がるように走る。その後を、レニが追いかけた。
「え、どうして走るんですか!?」
 言いながらも、さくらも思わず駆け出していた。
 走り出すもの、ゆっくりと歩き出すもの、それぞれが、この先にある楽しみにわくわくしながら、目的地に向かう。
「……て、そもそもあいつら場所解るのか?」
「どうでしょう?」
 くっくっと笑う米田に、斧彦が肩を竦めて見せた。
「ま、あの店で良いんだろ? 場所が解んない事に気付いたら止まるだろうし、俺も案内できるから、大丈夫だろ」
「同じく」
 米田の隣りで、かえでが片手を挙げた。
 降り続く雪の中、笑顔がこぼれている。空気は凍るように冷たいのに、心の中が、温かい。
「私、なんて――――」
 先を行くみんなの背中を見詰めながら、斧彦が小さく呟いた。その言葉に、琴音は瞳を細め、頼もしい仲間を見上げる。
「私も」
「ふふ、私もです。みんな笑顔で……どんなに苦しい事があっても、冷たい雪が降り続けても、いつかきっと雪はやむから、そうしたら、またみんなで笑い合って……そんな風に、ずっとずっと、続いていけば良いな」
「えぇ」
「斧彦…………ありがと」
「琴様」
「あんたの言う通りだわ。あの子達見てたら、本当にそう思う。改めて気付かせてくれて、ありがとう」
 琴音は、斧彦の大きな腕に、自分の腕を回した。片手に菊之丞、片手に琴音。正に両手に花である。
「ずっと……ね」
 やまない雪はない。だから、永遠の笑顔もないのだけれど、それでも。



  「私、なんて――幸せなの!」

幸せを。笑顔を。ずっと、ずっと――

太田斧彦役の郷里大輔さんに、このお話を捧げます。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

郷里さん、大好きです。
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