糸

 月の色をした髪を持つ少女と、太陽の色をした髪を持つ少女。二人はまるで正反対。そんな二人が、親友だなんて、一体誰が信じられるだろうか。



 太正十一年、春。大帝国劇場が落成し、帝国歌劇団花組、及び、帝国華撃団花組発足。マリア・タチバナが隊長に就任した。
 マリアは、副指令である藤枝あやめと向かい合っていた。
「イリス・シャトーブリアン――霊力は確かに並外れていますが、非常に不安定。光武に乗っての戦闘では、強大な力を発揮すると思われますが、やはり戦闘を嫌っていることが最大の問題です。戦闘においては士気の高さが勝敗に大きな影響を及ぼしますから、戦闘嫌いを克服することが第一の課題といえます。桐島カンナ――霊力は常に安定した値を出しています。空手の腕も良いようですが、直線の動きですので、攻撃が一定で、詠みやすく、かわされ易いのが難点です。戦闘に対する抵抗は全くといっていいほどありませんが、実戦経験が低く、これまで個人での“試合”が多かったため、単独で直進する傾向にあります」
 隊長として、隊員についての報告をしているようである。が、あやめの表情は決して軟らかくはない。
「で、他には?」
「此処に」
 あやめはうんざりとした顔でマリアを見た。マリアは報告書を差し出た。必要な事は総てそこに書いてあるし、重要な点をかいつまんで説明したが、それに不備があるとは思えない。あやめは報告書にさらりと目を通し、やはりうんざりとした顔でマリアを見上げた。
「で?」
「――え?」
「だから、他には?」
「ですから、総てそこにある通りです」
 マリアはきっぱりと言い切った。現在、報告出来る事は総てそこに書ききった自負がある。
「私が聞きたいのは、そんな報告じゃないわ。もっと、隊員のことをよく見なさい。貴方の尊敬していた隊長は、本当に貴方達隊員のことを、そんな風にしか見ていなかったのかしら? 見付けなさい。貴方達の、糸を」
「……糸……?」
 マリアは眉を寄せた。あやめは、副司令の顔からまるで姉のように柔和な笑顔を見せ、マリアを見送った。



 以来、マリアは一日の殆どを書庫で過ごすようになった。何がいけなかったのか、それを考えるには、落ち着いた空間が必要だった。だが、最近は何処にいても同じだ。
「マリア!」
 明るい声が飛び込んでくる。声の主は、桐島カンナ。花組の隊員の一人である。琉球空手の使い手で、あやめからマリアの噂を聞いて、手合わせをしたいと毎日申し出てくるのだマリアには、そんな事をする気は毛頭ない。
 こんな、軽率で何も考えていないような人間が、本当に戦場に立てるのか……。そんな疑問と不満と苛立ちが交じり合い、マリアはいつもカンナを無視していた。だから、カンナを避けて一人で書庫にこもる毎日だった。だが、カンナは書庫にやってきた。場所を変えても必ずやってきた。たとえ、マリアが自室にこもっていても、マリアが出てくるまでドアを叩き続けた。何処にいようとカンナはやって来るのだ。
「マリア! 一回で良いよ。組み手しようぜ!」
 カンナは本を押しのけて、マリアの顔を覗き込んだ。しかし、マリアは表情を変えなかった。いつもこうなのである。
「何度も言うようだけれど、私にはその気はないわ」
 冷たくあしらう。これもいつものことだ。カンナは、一度や二度断られただけでは退かなかった。しかし、最近は今までに増してしつこくなってきたのである。
「そんな事言わずにさ。ホント、一回で良いんだよ!あやめさんから聞いたんだけどよぉ、おめぇ、強いんだって? あたい、強いヤツに興味あるんだよ。な。ちょっとで良いからさ」
 マリアは小さく溜め息をついた。
「あやめさんから聞いてるって、私の何を聞いたって言うの。素手の闘いをしない私に、組み手をしようなんて言うからには、私の得物も知らないんでしょう? そんな思慮の浅い人間と戦う気はないわ」
 その言葉には、二つの意味があった。カンナとの闘いはしないと言うこと、そして、カンナと同じ戦場には立てないと言うこと。
「得物? そんなモンどうでも良いよ。どんな武器使おうと、あたいは負けねぇからよ! アイリスってぇちっこいのとは流石に闘えねぇし、あやめさんの強さはもう知ってるし……。あたい、あんたの強さってヤツを本当に知りたいだけなんだよ」
「貴方は本気でやるんでしょう?」
 マリアの翡翠色の瞳がカンナを見詰める。
「勿論さ。あんたと本気でやり合いたいんだよ」
「だったら、私も本気でやらなければ失礼ね」
「勿論! やってくれるのか?!」
 カンナの声が弾む。やっと、マリアが興味を示してくれたと思ったのだ。
「いいえ。あやめさんに怒られてしまうわ」
「へ……? なんでだよ? あやめさんは、共に戦う仲間の力量を知っておくのは良いことだって言ってたぜ?」
「違うわ。その共に戦う仲間を殺してしまうからよ」
 マリアの口調は冷めていた。
「なんだと? あたいが負けるってのかい? これでも琉球空手桐島流の後継者なんだ、そう簡単には負けやしねぇ」
「私は、あやめさんでも一撃で殺せるわ」
 自信満々なマリアの言葉に、カンナの血は一気に沸き立った。が、次の瞬間には言葉を失った。いつでも冷ややかで、睨まれれば全身が凍りついたかのように動かなくなってしまう、その瞳の奥に、憂いのようなものを見た気がしたのだ。マリアははっとして、目を反らした。何か見抜いたかのように、カンナの瞳が、マリアを哀れんでいた。
「素手の人間に、何が出来るって言うの」
「って、マリアの得物ってのは一体何なんだよ?」
 言われ、マリアはカンナの眉間に愛銃・エンフィールド改を突きつけた。その動きはあまりにも滑らかで、まるで拳銃がマリアの身体の一部ででもあるかのようだった。
「わ……解った……」
 カンナの額に冷や汗がにじむ。
「じゃぁ、あんたはあたいの攻撃を避けてくれよ。あたいはあんたの攻撃を避けるから。銃弾だって避ける自信はあるぜ」
 銃弾をかわす? そんな人間、いるがわけがないではないか。馬鹿馬鹿しい、と、マリアは胸の中で毒づいた。
「……………………解ったわ……」
 心の中とは裏腹の答えを返し、マリアは、静かに本を閉じた。一瞬、自分の耳を疑いながらも、カンナは跳び上がって喜び、鍛錬場で待ってると言い残して書庫を飛び出した。
 解っていない。本当は、何も解っていない……



「さぁ、やろうぜ!」
 カンナは鉢巻きを結び直した。
「ええ」
 マリアは重いコートを脱ぎ、丁寧にたたんで部屋の隅に置いた。分厚いコートの下のマリアの体は、思いの外に華奢だった。服は着ていても、その躰の線の細さははっきりと解った。
「行くぜ!」
 カンナが叫んだと同時に試合は始まった。カンナの鉄拳がマリアを襲う。が、マリアはそれを殆ど紙一重でかわした。
「ちっ!」
 かわされたとほぼ同時に、次の攻撃が繰り出された。が、それもマリアは難なくかわす。表情も変えず、冷静に、無駄のない動きで。
「はっ!」
「せいっ!」
 カンナの声だけが、鍛錬場内に響きわたる。しかし、カンナの拳は、空を突くだけだった。直線的な動きは、至極詠み易い。書物で読んだだけではあるが、マリアは空手の基本の型や動きを覚えている。カンナの構えや目線から、次の攻撃の予測は出来た。
 詠まれている――カンナも次第にそれに気付き始めていた。何故だか、それが楽しくて仕方なかった。カンナは顔中に歯を喰い縛り、一気に突きを仕掛けた。それは、正に刹那の出来事だった。カンナの繰り出した拳が、ほんの一瞬、ぴたりと止まった。そして、それをかわしたはずのマリアめがけて襲いかかったのだ。慌てて身を反らしたマリアの髪を払い、カンナの拳は中空を切った。その、次の瞬間。銃声が場内の熱気を割り、直後、静寂を形作った。
「もう、良いでしょう」
「…………ああ。有り難う、マリア」
 カンナの笑顔は、まるで真夏の太陽のようだった。
「すげぇな、マリア。あんなに易々とかわされると、もっとやりたくなっちまうぜ」
「だから止めたのよ」
「しかし、あの弾が中<あた>らなくて良かったよ。外すつもりだったんだろうけど、あたいだって動いてるんだから、中る可能性だってあったわけだろ? 大体、すっげぇ近くを飛んでった気がするぜ」
 大袈裟に安堵を示すカンナに、マリアは静かに言った。
「中たったわよ」
「へ?」
 マリアは、カンナの鉢巻きの端を持ち上げた。鉢巻きの隅に、穴が空いている。
「すっげ……」
 マリアの銃弾は、カンナの鉢巻きを穿っていた。カンナの動きから、鉢巻きの動きを予測したのだ。
「は……はは……あははははははははははははは」
 カンナの笑い声。急にカンナが大声を上げたため、マリアは唖然として、目を丸くした。
「あぁ、マリアも同じ事してたんだなぁ」
 そう言って、カンナはマリアの服の袖を示した。右の二の腕の部分が、見事に破れている。
「嘘……。当たった覚えないわよ……」
 初めてマリアが見せた驚きの表情だった。
「あははははははははははははははははは」
 カンナは、また大声を上げて笑い出し、その場に寝転がった。
「ふふ……」
 マリアが、息をもらした。
「ふふふ……」
 マリアも、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「貴方って、本当に凄いわ。本当に気付かなかった……」
 片手で口を押さえ、頬を紅潮させるマリア。そんなマリアを、カンナは微笑みを浮かべ、じっと見詰めていた。

「あたいはその貌が見たかったんだ……」

 ぽつりとカンナが呟いた。
「え……?」

 二人の間に、沈黙が流れた。
「あたい、マリアのこと見てて、嫌なヤツだって、思っちまった。今まで一度だってそんな事思ったことないのにさ。微笑うのは演技の時だけでさ、それ以外はずっとおんなじ顔して本読んでたろ? 人形みたいだった。だから、こいつは人間じゃないんだ。きっと、あたい等のことにも興味なんか持たない、冷たい女なんだって、思ってた。けど、そんな考え方する自分が嫌でさ、あたいなりのやり方で、マリアのことをもっと知りたいと思ったんだ」
 マリアは胸の底に、鈍い痛みを感じた。確かに、その通りなのだ。
「マリアにとってはさ、銃って、嫌な想い出のあるモノなんだろ?」
「え……?」
「何か、そう思っちまってさ。マリアにとって、嫌なモノが詰まってるんだって。でも、それでも手放せない、大事なモノも詰まってるんじゃないかって……。マリアが銃を抜いた時にさ、なんか、“特別”みたいなモノを感じたんだ……。アイリスが、戦いは嫌だって言ってた。確かに、良いモンじゃないかも知れない。でも、言葉よりも伝わりやすいモノがある。あたいは、そう思うんだよ。マリアはさぁ、弾丸に、何か強い気持ちを込めて撃ってる。で、それは何か特別なモノがあるから。違うか?」
 マリアは、微笑と共に小さく息をついた。
「そうね……」
 囁いて、カンナの横に寝転がる。
「私は、大切なモノを守るために銃を握っていたの。でも、殺したくもないのに人を殺し、一番大切なモノは守れなかった。本気になれば、殺したくなくたって、貴方を殺してしまうわ。冷静な判断力と素早さを認められて、この銃を手にしたけれど、結局……――。だから、今度こそはこの銃で、守りたくてね……。だけど、いたずらに戦いに使いたいわけじゃないのよ」
「そっか……。悪いことしちまったな。けど、決してそんなつもりがあったわけじゃないんだぜ?」
「ええ」
 マリアは小さく微笑んだ。
「なんだか、一度撃ってスッキリしたわ。正直、貴方のような人と一緒に闘う自信はなかったけれど、大丈夫そう」
「なんだ、それ?」
 マリアは、ゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
「これから、色々あると思うけど、宜しくね。カンナ」
 マリアは、カンナに手を差し伸べた。
「あ……あぁ、こっちこそ、宜しく頼むぜ、マリア」


 握り合った手に、お互いに感じたモノは、絆。
 マリアの手は、雪のように冷たく、カンナの手は、大地のように温かい。
 雪が大地に染みいるように、心の奥に、深く感じて。



 これが、糸だろうか。
 そうだ、あの時“隊長”は――守れなかった、一番大切な存在は、微笑を交わす事で通い合う想いを大切にしていた。



 絆――決して切れない、人と人とを繋ぐ糸。
 自分達のために。
 そして、大切な、守るべき人々のために――

Fin
恥ずかしい;;
でも、忘れられない処女作。

マリアとカンナ、正反対なのに通じ合う二人。
足りないものを補い合う二人は、人が思うよりずっとバランスが良い。
広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット