忘れたいのに、忘れられない……

                 
   Only Man


「お帰り、カンナ」
 カチン、と、グラスをかち合わせる音が食堂に響いた。
「おう。ただいま、マリア」
 時間は夜の十一時を少し回った頃。
 大帝国劇場一階の食堂で、二人の少女、マリア・タチバナと桐島カンナは酒を酌み交わしていた。今日、帝劇に戻ったばかりのカンナが、マリアを誘ったのだ。普段は、年少のアイリスや新人の真宮寺さくら、それに花組の面々の教育上の問題を考えて、祝いの席以外では帝劇内では酒を呑まないマリアも、今日だけは特別だった。今日は、親友がやっと帰ってきたのだ。
「なぁ、マリア。新しい隊長、どうだ?」
 何杯目か解らない酒を喉に流しながら、カンナは突然、マリアに尋ねた。
「新しい隊長……って、大神少尉の事? どうって……悪くないわ。みんなの信頼も厚いし。でも、“学校”で学んだ知識ばかりあって実戦経験が少ない分、生きた戦場での戦法は、不安定ね」
 機械のような人の見方は相変わらずで、カンナは思わず苦笑した。
「そっか。なんか、隊長と意見が合わないんだって? さっき組み手してた時、隊長が漏らしてたぜ」
「え……? ええ。まぁ。米田司令に出された課題で、ある状況の戦いにおいて、どう戦うかという戦略をシミュレーションさせられたんだけど、どうしても同じ所で私と隊長の意見が食い違うのよ。多分、司令もそれを狙っておられるのでしょうけど……」
 隊長と副隊長。現隊長と元隊長。この二人の意見を闘わせる事が、帝国華撃団の司令官である米田一基の目的。マリアはそれを悟っていたためか、あまり自分の意見を曲げようとしなかった。元より、大神のやり方に、納得できない部分があった。
 米田の出した課題に対する大神の戦略は、多少時間はかかるが、無駄のない戦い方。いわゆる“学校”で習うような戦法だ。一方、マリアの戦略は、多少の犠牲は免れないが、手っ取り早く戦いを終わらせる戦い方。大神は、部隊の中から少なくとも一人は負傷者が出るであろうマリアの戦い方に反対し、マリアは、時間のかかる大神の戦い方を批判した。
 両方が両方、筋の通った言い分を持っていたため、議論に決着はつかなかった。
 仲間の一人――マリアが選んだのは、マリア自身。戦略的に見ても、彼女が最も適任だった――の身を危険に晒してまで、勝利を得るような戦い方はしたくないと言う大神。しかし、時間がかかればかかる程、体力や霊力の消耗が激しくなり、中盤以降の戦いで、戦力が落ちるのは必至。そうすれば、被害を拡大し、下手をすれば民間人にまで被害が及ぶ可能性がある。それならば、一人の身が危うくなろうとも、成る可く早く片付ける方が良いと言うマリアの主張。大神の、“シミュレーション”上の戦い方と、マリアの、“生きた戦場”での戦い方には、当然、差があった。あまりに決着が付かないため、お互い考え直して、後日、もう一度話すことにした。しかし、別れ際の、大神の一言が、マリアの脳裏に焼き付いてしまった。
「君は、本当に自ら傷を負う事を望んでいるのか……?」
 それは……そう、本当に望んでいるわけではない。もし、何かがあったら、誰かが哀しむ。自分がそうであったように。それは、自分でも十分理解しているが。
 マリアは、グラスの酒をゆっくりと口に入れ始めた。
 自分を犠牲にする事が目的じゃなくて、戦略的なものなのだ。マリアとて、そんなことせずに済むならその方が良い。でも、彼なら……ユーリーなら、きっと犠牲の出る方を選んでいるだろう。

 “ユーリー”

 その名が自分の中に現れた時、マリアは、グラスを持ったままの姿勢で静止した。
 違う。――何かが胸の奥で声を上げた。違う、これは……自分の考えた戦い方ではない。
「“隊長”……」
 マリアの唇から、震えるようにその言葉がこぼれた。
「ん……? 良い奴じゃねぇか、“大神隊長”。あたいは好きだぜ。ああいう奴」
「……えぇ、そうね。考えは合わないと思っていたけど、でも、違うような気もするわ。私の考えが間違ってるとは思わないけど、でも……」
 マリアの言葉に、カンナは笑みを浮かべた。マリアが、“大神隊長”を認めようとしているのかも知れない。
「なんかよく解んねぇけど、構わないんじゃないか? 何にしても、あんまり悩み過ぎんなよ」
「え……?」
「悩んでんだろ? 隊長のことかなんかで。マリアは、悩んでたりなんか考え事してる時、酒呑むじゃねぇか。誘いに乗ってきたってことは、悩んでるんだろうなぁって思ってよ」
 にやりと笑いながら、カンナはマリアの隣りにあったワイングラスに、ワインを注いだ。
 悩み? “隊長”の事で? 本当に悩んでいるのだろうか。本当に、彼の事を悩んでいるのだろうか、大神一郎その人の事を。“隊長”――彼をそう呼ばない理由。彼は“隊長”ではない。あんな甘えた考えの人間を、“隊長”とは認めたくない。けれど、マリア自身が“隊長”と認める人は、ならば、何のために何処へいった?
「このワイン、美味いんだってあやめさんが言ってた。あたいはワインってぇのはあんまり好きじゃねぇから、マリア、呑んでみれば?」
 マリアは、微かに頷いて、ワイングラスをつまみ上げた。緋色の液体。まるで血のような……
 そう言えば、初めて呑んだ酒も、こんな色をしたワインだった。酒の味を教えたのは、“隊長”だ。あれは確か、十歳の冬。初めての戦場に立ち、初めて人を撃った日。
 マリアは、グラスにそっと口付け、ワインで唇を濡らした。





 十一年前の冬。未だ九歳だったマリアは、異常に落ち着いた目をしていた。初めて人を撃った夜だった。死んだわけではなかった。ただ、あのままなら、それほどかからずに死んでいたかも知れない。処置は、間に合ったのだろうか。
「眠れないのか?」
 マリアが部屋を出ると、数人の大人達がテーブルの上に酒瓶を並べて呑んでいた。彼らは、革命軍の同志である。
「そりゃそうだな……。お前の年で、人を……」
 言いかけて、男は口を噤んだ。マリアの表情がモノを言うことを拒ませたのだ。
「ま、良いさ。お前も呑め! 嫌な事全部忘れられるぜ。ウォッカっていってな、世界一強い酒だ」
 男の一人が、マリアの目の前に酒の瓶を突き出した。
「とにかく、座りな」
 別の男に促され、マリアは空いている椅子に座った。そして、マリアの前に口のかけたグラスが置かれ、酒が注がれた。マリアは何も言わなかった。そのまま、グラスを口に近付けた。
 ――その時
 何かが砕ける音がして、さっきまでマリアの手の中にあったグラスは、酒を吐き出して床に散っていた。
「……隊長」
 マリアの隣りにいたのは、ユーリー=ミハイル・ニコラーエビッチ。マリアの所属する隊の隊長である。彼が、マリアの握っていたグラスを、叩き落としたのだ。
「お前には未だ早い。もう寝る時間だ。革命軍にいるとはいえ、お前は未だ十歳の子供なんだからな……!」
 マリアは、床に散ったガラス片を見詰めた。
「子供は、人を撃ったりしません……」
「寝ろ!」
 いつも温厚なユーリーの表情も、声も、いつになく厳しかった。
「子供ではあるが、お前がここにいたいなら、やることは人殺しだと思え。新しい時代を作るには、古いモノを打ち砕かなければならない。そのために、望まなくともやらなければならない戦闘もあるし、殺さねばならない人間もいる。その度に酒に逃げるような柔な覚悟なら、此処にいる資格はない!」
 マリアは勿論のこと、その場にいた男達の背筋にも、ぞくりと戦慄が走った。男達の酔いも、醒めてしまったようである。マリアは、無言で席を立ち、部屋に戻っていった。男達も、同様に。
 眠れるはずもなかった。人を撃ち、ユーリーに叱られ、自分の弱さを目の当たりにしたのだから。銃声とガラスの割れる音が、頭の中で響いていた。体を丸め、膝を抱えて布団の中で震えているしかなかった。
 きっ、と、扉の開く音。この部屋は物置のように狭苦しいが、マリアのためにあてがわれている。この部屋に入ってくる者は、わずかである。 
「マリア、起きているのだろう?」
「隊長……?」
 案の定と言うべきか、この部屋を訪れるわずかな人物の内の一人。ユーリーだった。
「こんな夜中に女の寝間を訪ねるのは失礼だろうかな……」
「……いえ、子供ですから……」
 予想通りの反応に、ユーリーは、苦笑した。ユーリーは、マリアのベッドに座った。
「さっきは、怒鳴ったりして済まなかったな……」
「……いえ」
 マリアは、ゆっくりと体を起こした。
「だが、マリア。此処にいるというのは、お前が選んだ事だ。俺は、今でもお前の里親になってくれる人を探しているが、お前はそれを望んでいない。この部隊にいたいと言ったのはお前だ。ならば、これが耐えられないならいてもらっては困る……」
 布団を握り締め、マリアはユーリーの背中を見詰める。
 言葉が、出ない。
「……上手く言えない……」
 ユーリーは、溜め息をもらした。
「出来れば……お前を戦場になど立たせたくはなかった……。もっと早く、革命を終わらせたかった。出来れば、もっと平和的な方法で。だが、それは不可能に近いことだ……」
 途端に、ユーリーの表情が曇る。表情そのものは見えないが、マリアも何となくそれを感じていた。
「俺だって、殺りたくて殺ってるわけじゃない……。忘れたくなる時もある……。だが、逃げてはいけないんだ……。酒なんかに頼って、無理矢理忘れようとしても、それはその場凌ぎの嘘だ……」
 ――ユーリー
 心の中で、そう呼んだ。口に出す事は出来ない。彼は、銃の師であり、兄のような存在であり、尊敬する隊長だから。しかし、こんな彼を見るのは初めてだ。いつも毅然として、隊を引っ張ってゆく彼が、声を震わせている。彼の中の“弱さ”を、初めて見た気がした。
「呑むか……?」
 不意に、目の前に、グラスに入ったやや黒ずんだ緋色の液体が現れた。
「……血……?」
 マリアの唇が色を失う。ほんの数時間前、眼前に広がり、躰に浴びた雨の色。
「ワイン。酒だ……」
「お酒……?」
「忘れるために酒を呑むな。逃げるために酒を呑むな。本来酒は楽しく呑むものだが、辛くなったり、逃げたくなったりした時にも呑んでみろ。忘れるためではなく、思い出すために。考えるために。弱い自分と、向き合うために……。お前に未だウォッカは早い。酒そのものもだが……。これは弱い方だ。今日だけは、良い。呑んで、眠れ。俺達ですら耐え切れないことなのに、幼いお前には、酷だったな……」
 そこまで言うと、ユーリーも少し、酒を喉に通した。
 マリアは子供ではいられない。革命軍にいる限り。マリアは大人ではない。革命軍にいたとしても。子供らしくいることも出来ず、大人にもなりきれず、無垢な少女でもいられない。人に銃を向け、血の雨を浴びる運命。それが解るからこそ、ユーリーは酒を呑む。幼い少女を少女でいさせてやることすら出来ない、不甲斐なさと向き合うために……。
「……ユーリー……」
 ユーリーの鼓動が一瞬、高鳴った。
「マリア……? 酔ったか――」
 背中に、微かな重みを感じた。マリアが背にあてた額の重み。
「隊長が嫌だと言っても、私はずっと隊長と戦います……。ずっと、隊長と一緒に……」
 不意に、ユーリーは目頭が熱くなるのを感じた。見慣れた部屋の輪郭がぼやける。
「……そう……か……」
 さっきの事は、幻聴だったのだと、そう思うことにした。
 背中の重みが、次第に増す。振り向くと、グラスを空にしたマリアが、背中にもたれて眠っていた。
「……マ……リア……」 
 その後何があったのか、マリアは知らない……。
 ただ、いつの間にか躰が覚えていた。
 強く、抱き締められた腕の温もりを……――





「マリア?」
 マリアが貌を上げると、カンナが笑っていた。
「どうした? ぼぉっとしてよ」
「ん……。ちょっとね。昔の事を想い出しただけよ……」
「へぇ……」
 ほろ酔い気味のマリアを見詰め、カンナは目を細めた。
 マリアの目は、遠くを見ている。自分を通り越して、何処か遠くを。視界を越えて、その先にあるモノを見ている。そんな感じがする。いつだったか、こんなマリアを、一度だけ見た事があった。あれは確か、初めて一緒に酒を呑んだ時の事……。
 呑みながら、二人は演劇のことを話していた。“恋”をする人を演じるのが、難しくて、どうにもならないという話だった。しかし、それはいつしか“恋”そのものに焦点を当てた話になっていた。
 マリアは、何も言わなかった。ただ、カンナの言葉に頷いたり、相槌を打ったりするだけだった。カンナに何か問われても、適当に曖昧な答えを返すだけ。
 しかし、最期にたった一言。
「どんなに深く、強く想っても、実らない恋もあるわ……」
 “実らない恋”
 その言葉が、妙に印象的で、今となっても、カンナは忘れることが出来なかった。マリアらしくない科白と、何処か遠くを見詰める瞳。それから、感じたこともない胸の奥の痛み。
 あの時と、同じ。胸が苦しくなって、耐えられない。
「あー、もうこんな時間か……」
 カンナは無理矢理時計に目をやった。それは、もうじき十二時を指そうとしていた。
「あたい、そろそろ寝るわ。なんか、明日始末書とか書かされるみたいだし。無断で帝劇脱出したから……。マリアはどうする?」
 未だ呑み足りない様子ではあるが、カンナはふらりと立ち上がった。
「もう少しだけここにいるわ……」
「わぁった」
 それだけ言い残して、カンナは出て行った。
 カンナの背中を見送りながら、マリアも立ち上がり、窓を開けて、テーブルの上を片付け始めた。酒の匂いを消すために開けた窓からは、ひやりと冷たい夜風が吹き込んでくる。グラスを洗い、瓶を濯いで捨て、再び戻ったテーブルの上には、ワインの注がれたグラスが一つ置かれたままだった。

 ――いつの間に、貴方は私の心を支配していたんですか?

 マリアは、グラスを指で撫でた。ほんのり紅に染まった頬は、微かに熱を帯びている。
 彼はいつも戦っていた。いつも、私を護ってくれていた。そして、マリアを護るために犠牲にしたのは、彼自身の“命”。隊長として、あるまじき事だ。しかし――隊長ではないとはいえ――マリアは彼と同じ事をしようとしている。
「ユー……リー……」
 もう一人で歩ける。自分の足で歩ける、はずだ。

 ――貴方を、忘れ……た……い……




 フラフラと階段を昇ったカンナの足元が照らされた。
「お、 隊長か……」
「やぁ、カンナ」
 そこにいたのは、懐中電灯を持った大神一郎だった。
「見廻りかい?」
「ああ。君は……まさか、今までずっと呑んでいたのか……?」
「まぁな。マリアは未だ呑んでるぜ」
「そう……か。じゃぁ、もう少し見廻りは後にしようかな……」
 そう言って、くるりと自室の方へ足を向けた大神の肩を、カンナは掴んだ。
「行って良いと思うぜ。寧ろ、行ってやって欲しい……」
「え?」
「あんなマリア、見たくないんだ。あんな作り微笑い見たくない。隊長なら、マリアを変えられそうな気がするんだ。マリアは……親友だっつっても、あたいには何も話しちゃくれねぇ。苦しみも、何も。そうやって、みんなに心配かけまいと、必死で隠してることがあるんだ……」
 微笑むカンナの瞳が、大神の胸を締め付けた。
「隠してること……?」
「あぁ。嫌なことも、辛いこともみんな。それから、これはあたいの勘だけど――」



 マリアは席を立った。テーブルの上には、ワインの入ったグラス。戻ろうと、ワイングラスを持って部屋へ向かった。
 酔ったのか、あまり真っ直ぐに歩けない。視界がぼやける。
「……ユーリー……」
 気が付けば、その名を口にしている。もう、この世にはいない大事なあの人に、未だ頼っている。心を預けて、あの人を真似ている。
 忘れたい、忘れられない。
 思い出して、また、忘れたくなる。
 足元がおぼつかない。ふらり、ふらりと二、三歩進んで、階段の手すりに体重をかけ、崩れるように階段に座り込んだ。手すりに意識の朦朧とした頭を、意識そのものを預ける。
「……マリア……?」
 階段の上。大神は、マリアの姿を捕らえた。
『これはあたいの勘だけど――マリアは、“実らない恋”ってのをしてるんだと思う』
 カンナの声が、脳裏を過ぎった。
 “実らぬない”……
『誰に……?』
『解んねぇ……。けど、多分、“決して手の届かない人”』
 本当に、そうなのか、そうでないのか、大神には解らない。でも、大神は、あんなに小さなマリアの背中を見た事がない。あんなに無防備なマリアを、見た事がない。

   彼にとって、未だ子供のだろうか。
   一体、いつまで……?
   いつか、彼の年すら越えてしまうのに……――


 実らない恋。忘れたくても忘れられなくて、割り切れない。
 伝えたくても伝えられなくて、行き場のない想いは、彼女の胸を斬りつける。
 近くにいるのにどうにも出来ない。
 触れることすら出来なくて、彼女の小さな背中を、彼はただ、見詰めているだけ。


   叫びたくても叫べない。
   泣きたくても泣けない。
   自分の事を苦しめる存在なのに、嫌うことすら出来ない。
   もう姿も見えなくて、抱き締めるどころか触れることも出来ない。


 彼女の小さな背中を支える腕は、何処にもない。
 彼女の華奢な肩を抱き締める腕は、何処にもない。
 砕けそうで、壊れそうで、それでも何も出来ない、不甲斐ない自分。
 別に、“好き”とかいうのではなくて、彼女の心を、護りたくなる。


   伝えたくても伝わらない。
   だから、消してしまいたい。
   総てを、終わりにしたい……。


 本当にそうなのか、解らない。
 本当に、“手の届かない人”に“実らぬ恋”をしているかどうかなんて。
 なのに、無性に苦しくなる。
 無性に悔しくなる。


 ――俺には、何も出来ない?


 ――隊長……貴方がいたら、私は一人では歩けない……


   たとえ、自分の弱さを、あの人の所為にしているとしても。
   自分で選んだことだと解っていても。


 手の届かない人。
 何も出来ない自分。
 それが、彼女を苦しめ続ける存在。
 彼女は、みんなを護るために、心を殺したのか……
 常に、自分の心を犠牲にし続けているのか……
 人としての脆ささえ、自分の中に押し込めて……


 ――……俺は……


   忘れたい。忘れたい。総てを忘れて、終わりにしたい。
   消えてしまったあの人を、引き擦りたいわけじゃない……。


 マリアの手の中から滑り落ちたグラスは、あの時と同じ音を立ててまったく別の形に変わってしまった。緋色の液体が散る。
「マリア……!」
 ――俺は、君を……


   あの時聞いたのと同じ音。
   あの時感じたのと同じ“温もり”。


――貴方にとっては、子供だったかも知れない……
――でも、私は……――

「……本気だったんだよ……」

 戻らない人。
 甘い想い出。

「……マリア……」


 そして、たった一つの“想い”。

  …………………………サ……ヨ……ナ…………ラ……


END
誰か、消して、お願いだから。


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