哀姫


 ボクは知っていたんだ。
 本当は、彼には別に恋人がいた事。
 最初は興味なかったけれど、
 いつの間にか気にしていた。
 気にするようになっていた。
 いつの間にか気にせずにはいられなくなっていた。
 ボクは気付いたんだ。
 ボクは恋をしたんだ。
 芝居の台本でしか知り得なかった想い。
 文字の羅列だけで理解していた感情の真相。
 これを人は恋と呼ぶのだと
 ボクは知ってしまった。
 知ってはならなかった。
 だって彼女は……僕が朧気にそれに気付き始めた頃に
 アメリカから帰国した彼の恋人は
 素晴らしい女性だったから。


 美しかった。
 ボクと同じ眼をしていた。
 それなのに美しくて、ボクはとても――羨しかった。
 心の何処かで彼女に憧れ、
 心の何処かで彼に恋をした。

 彼女はいつ、ボクの想いに気付いたのだろう?
 彼はいつ、ボクの想いに気付いたのだろう?
 ボクはいつ、間違えたのだろう?


 僕は聖母に選ばれた。

 彼女はボクと同じ眼をしていた。
 彼女はボクと同じ匂いがした。
 けれど彼女は強く、美しかった。
 驚く程強かった。
 聖書なんか読んだ事のないボクに
 聖母の物語とイエスの誕生を語り聞かせてくれた。
 とても優しい声で。
 十二月の始めには教会にも連れて行ってくれた。
 讃美歌の九十八番を歌ってくれた。
 だからボクは、聖母が演れたんだ。
 ボクが受けた総ての評価は、彼女に対するモノだと言っても過言じゃない。
 みんながボクを褒めるんだ。
 ――違う。
 みんなが言うんだ。
 「新しい道が開けたね」
 「これから女役が増えるよ」
 「役者としての幅が広がったね」
 ――違う。
 ――違う。
 ――……違うんだ……

 だのに彼女まで嬉しそうにボクを見詰めて
 彼女にだけは違うと叫びたかった。
 彼女にだけは、これは貴方の評価だと伝えたかった。
 けれど彼女は総て見透かしていて
 「貴方が貴方の中で総てを昇華して
 自ら作り上げた聖母だからこその評価よ」
 ――やめて
 ――違うんだ
 ――そんな言葉聞きたくない
 ボクは見たんだ
 あの夜 彼と行った教会で
 あの教会にあるベールを被った女性の像は……
 腕に赤ん坊を抱いたあの女性像は
 まるで彼女にそっくりだった

 ボクは幸せだ。
 ボクは満たされている。
 ボクは……

 彼女は……まるで……


 だけどボクは聖母に選ばれた。

「哀姫」――まるで影のように。
誰にも解ってもらえない想い。
どうすれば、救われるのだろうか?

レニの、密かな苦悩。
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