風なら許そう、何もかも。
 清けし虹空、溶けてゆく。


   七色の風


 りりり、と、河原には気の早い蟋蟀が歌い出し、日が落ちると吹く風も涼やかになってきた。
 明治十一年、晩夏。秋の気配が漂い、清少納言の語る通り、空に月の掛かる頃合いは取り分け風情豊かな季節が近付いてきた。しかし、そんな淑やかさは似合わないとばかりに、神谷道場は大賑わいだった。
 今日、真田忍軍との戦いを終えても長く居座っていた巻町操が、恋い慕う相手である四乃森蒼紫が迎えにやってきた事を受けて漸く京都に帰る事を決めた。その送別会――を謳った、いつもとなんら変わりのない宴会が催されているのだ。
 日のある内、女性陣は浅草に出て買い物を楽しんだ。それをこっそり追っていた明神弥彦、相楽左之助は、行く先々で騒動に巻き込まれた。誰もすっかり疲れている筈なのに、宴となるとまた元気を取り戻し、元気一杯に騒ぎまくる。騒々しい事が苦手な蒼紫も、なんとか付き合っていた。
 一日散々振り回された左之助は宴の始まる直前までは、高荷恵の買ってきた固焼き煎餅をかじりながら不機嫌そうにしていたが、酒を二、三杯も飲めば忽ち上機嫌だ。これには恵も呆れていた。

 夜半を過ぎ、左之助は道場の床に寝そべって酒瓶を抱えていた。只酒を鱈腹煽って心地良く眠っていると、突如、一陣の風が吹き抜けて、大きなくしゃみをして目を覚ました。
 起き上がって見ても、戸は総て閉まっている。風が吹き込む隙間はない。
 道場内は静まり返っていた。みんな、床に転がって眠っている。左之助はふらりと身体を起こし、床にもたれ掛かって酒瓶に口をつけた。空だ。物足りない。
「おい、恵」
 呂律の回らない舌で、さっきまで隣りにいた女を呼ぶ。なんだかんだと文句を言いながらも、恵は左之助の世話を焼いていたのだが。
「恵……?」
 女の姿は、無い。
「めぐ……」
 道場をぐるりと見回す。入り口付近に弥彦が親しい間柄である三条燕と肩を寄せ合って眠っている。向こうの壁には、隠密御庭番衆の近江女と増髪が壁にもたれて寝ているし、上座では緋村剣心と、彼に寄り掛かる形で道場主の神谷薫が寝息を立てていた。左之助の一番近くには、操が横になっている。そして、全員に毛布や布団が掛けられている。勿論、左之助にも。あちこちに散らばっていた皿や酒は道場の真ん中に整然と積まれ、殆ど片付いていた。静か過ぎる程の道場の中に、恵の姿だけがない。――いや、もう一人、四乃森蒼紫もいなかった。先程の風は、二人が出て行ったためか?
「恵」
 その事実に気付いた時、酔いは一気に覚めた。嫌な予感がする。昼間、恵が操に言った通り、蒼紫と恵には因縁がある。それも、ただならぬ因果だ。二人の関係は一言では言えない。そこには東京を巻き込む大事件への火種が潜んでいるのだから。しかし、一つ確実に言える事。それは、二人が望ましい関係ではないという事だ。恵は蒼紫を憎んでいるだろうし、畏怖しているかも知れない。表面的には穏やかに見せていても。
 もしや、蒼紫が恵を連れ出したのか。だとしたら、恵は抗う事も出来ないだろう。凶悪なまでの力で恵を心身共に捻伏せてきた過去を持つ男なのだから。
 左之助は立ち上がり、道場を飛び出した。何処へ行ったかは解らないが、勘を頼りに思う方へ走り出す。左之助は直感型の人間だ。考えるより先に動いた方が正しい結果を導き出せる。
 夕暮れ時に弥彦と駆けた河原の道を、逆方向に走っていたが、左之助はふと足を止めた。ゆっくりと呼吸を整えながら耳を澄ますと、不思議な音が聞こえてくる。これは、歌か。奇妙な旋律だ。多分、外国の音楽。川の向こう――いや、あの橋の上から聞こえる。左之助が懸命に目を凝らすと、星明かりに照らされて、一人の髪の長い女の後ろ姿が浮かび上がる。それが件の女だと、左之助にはすぐに解った。
「恵」
 左之助が駆け寄ろうとした時、向こう側から別の陰が近付いてきた。すらりと背の高い、痩せた男。蒼紫だ。恵は蒼紫に気付くと、逃げる事もせず、寧ろ嬉しそうに手を振った。
「蒼紫」
 歌が途切れ、声が耳に届いた。思っていたよりずっと警戒心のない気丈な声だ。左之助は足を止めた。それと同時に、蒼紫も足を止める。足元の何かに気付いたようで、それを拾い上げ、恵に差し出した。恵は躊躇いもなく歩み寄り、蒼紫の手から何かを受け取った。それが何かは、左之助には解らない。暫く観察していたが、二人は何事もなく穏やかに話をしているように見受けられた。心配するまでもなかったか。左之助は伸びをしてから、足をどちらに向けるべきか思案した。どうせ外へ出てきたのだから、恵達の方へ行こうか、それとも二人は放っておいて道場に戻ろうか。直感型の男が考えを巡らせても良い事はない。
 しかし、数分の後に、恵は蒼紫をやんわりと押した。戻るように告げているように見えた。蒼紫は二、三、恵に何かを言って、それから橋を降りた。恵はまた蒼紫に背を向け、欄干に寄り掛かって空を仰いだ。
 蒼紫は黙って歩いてくる。一瞬、左之助はどうするべきか考えたが、考えるだけ無駄だった。蒼紫はすぐに左之助に気付いた。左之助は蒼紫を睨む。蒼紫は左之助を一瞥し、なにも言わずに通り過ぎていった。
 ちっ、と、小さく舌打ちをして振り返り、蒼紫の背中に殺気を叩き付けたが、蒼紫は全くの無反応で闇の中へ消えていった。
 このまま道場に戻るのは気に食わない。蒼紫の後をついて歩くようなものだ。それに、この時間に女一人放っておくわけにもいくまい。左之助は、橋の方へ歩き出した。また、歌が聞こえてきた。恵が歌っている。耳慣れない旋律の歌だが、詞は日本語だ。
「恵」
 声を掛けると、恵はびくりと震えた。
「さ、左之助?」
 闇の中の姿が見えなかったか。
「どした、一人で?」
「診療所に帰ろうかと思って」
「こんな遅くに?」
「そうよ」
 恵は欄干に腰を掛けるようにもたれ掛かった。左之助は恵の隣りに立ち、星を見上げた。腑に落ちないという風だったが、それを伝える言葉が見あたらず、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
「あんたこそ、こんな時間にどうしたのよ? さっきまで寝てたじゃない?」
「目が醒めたらおめぇと四乃森蒼紫がいねぇから、何かあったかと思ってよ」
「何かって……」
「おめぇが連れ出されてひでぇ目にあってんじゃねぇかとか。余計なお世話かもしんねぇけどな……」
「あら、心配してくれたの? 有り難う」
 恵がくすりと笑うと、左之助はバツが悪そうに頬を赤く染めて俯いた。
「心配もすらぁ。おめぇがあいつに無茶苦茶ゃ嫌な目に遭わされた事は解ってるんだからな」
「…………ありがとう」
 吹き抜ける風に消え入るような微かな声で恵は呟いた。
「蒼紫と、何話してやがったんだ?」
「大した事じゃないわ。大丈夫、あんたが心配するような事はないから」
 恵は笑いながらさらりと言ってのけた。確かに余計なお世話かも知れない。だが、気にしないではいられない。京都から帰ってからというもの、この女の眼に虚ろな影を見ない日はないのだから。京都で何かあったとしか思えない。
「京都で、あいつに何かされたんじゃねぇだろうな?」
「え……?」
「あいつに会うだけでも嫌だろうに、何か言われたりされたりしたんじゃ耐えらんねぇだろうって……」
「あんた、意外と心配性ねぇ。本当に何でもないのよ。寧ろ、良い方向にいってるわ、私達」
 恵は余りに気を使う左之助に困ったように肩を竦め、指先でくるくると回していた物を、紅を差した品の良い唇にあてた。それは、小さな花だった。
「良い方向……?」
 左之助は怪訝そうに眉を寄せる。
「えぇ。だから、もう心配は要らないわ。有り難う、左之助」
 心配は要らない――おかしなもので、それはそれで気に入らない。口では何と言おうと、その眼に浮かぶ影の存在は明らかだ。剣心も薫も弥彦も、皆が無事に戻ったというのに、他に影の差す理由が何処にあろうか。
「嘘つけよ」
「嘘じゃないってば。何だってあんたはそうあの人を疑うの?」
 確かに、良いところばかりではないけれど。恵は小さく溜息をついた。
「傷を舐め合っているのかも知れないけど、私達はお互いに、一番お互いの痛みを理解し合える間柄なのよ。同じ場所にいて……私の気持ちを理解出来るのはあいつだけ。京都で手当をしながら、最初は二人して黙り込んでいたけど、二、三日を過ぎたら、ぽつんぽつんと話すようになってきてね……お互いにしか理解出来ないものを感じ合っているのよ。今だって、あやめちゃんとすずめちゃんを診療所まで運んでもらっただけなんだから。場所を教えたら、一人でいってくれたから任せただけ。でも、私も帰ろうと思って出てきたの。それだけよ」
 それだけ。本当に、何も心配する事はないのだという。同じ場所で同じ時を過ごした。苦しみと痛み、それから絶望。失い、修羅の縁で真実を見いだした男。奪われ、地獄の底で光を見付けた女。この上のない苦しみを知るからこそ、解り合えるものがある。
「だったら、何が苦しいんだ?」
「なんにも」
「嘘だろ。悲しい顔してるじゃねぇか」
「…………」
 恵は鳩が豆鉄砲をくったような顔をして、目を瞬かせた。
 左之助は真剣そのものだ。馬鹿で鈍い男だと思っていたが、そればかりではないらしい。全く、この男と来たら。こうまで真剣にされたら、話さない訳にはいかないではないか。
「そうね。よく解るものよね、貴方も、蒼紫も」
「あいつが?」
 今や恵は細い首からなだらかな肩を経て、腰のあたりまでまるで肩掛けのように影を纏っている。闇に溶けようとするかのような恵の手首を掴んで左之助は問い掛ける。恵の指の先に、淡い色の花が見えた。
「私……剣さんが好きよ」
 瞬間、恵の手首を掴んでいた左之助の手が緩んだ。
「幸せでいて欲しい……」
 知っている。彼女の想いは。あの地獄から救い出したのは剣心だ。恵が見付けた光。唯一の男。恵の勤める診療所に行く度に剣心の話をしたのは、恵が穏やかに微笑むから。幸せそうに聞き入るからだ。
「知ってらぁ、そんな事」
「だからよ」
「は?」
 大事な部分をすっ飛ばしてやいないだろうか。全く、この女は……。
 理解に苦しむという顔をしている左之助を見て、恵はくすりと笑った。左之助には、恵の頭に狐の耳が現れたように見えた。
「なんだよ、からかってんのか?」
「違うわよ、そうじゃなくて。流石に蒼紫のようにはいかないわね」
「うるせぇ、あいつと比べんな」
「えぇ、悪かったわ」
 左之助は苛立ちを隠そうともしない。その素直さが、彼の彼たるところだ。恵もその分素直に謝る。彼が意地を張れば恵もそうする。無意識に。まるで鏡のように。
「剣さんが好きで、幸せになって欲しいけど……剣さんの幸せのために隣りにいるべきは私じゃないでしょう?」
 しんと澄み切った風が吹き、恵は肩を震わせた。左之助は何も言えず、胸に渦巻く後悔をひたすらに感じていた。
 口に出したくないであろう事も、口に出させなくては理解出来ない。自分が比べるなと言った相手の聡明さが妬ましかった。
「悪い」
「良いのよ、気にしないで……」
 そうは言うけれど、心配だと言いながら痛いところを抉ってどうする。そういった繊細さに欠ける事は、解っているだけに悔しくもある。
「京都に気持ちをおいてきたつもりだけど、少し引き擦るものもあるみたいでね。その内消えるわ。剣さんが大事なのは本当だもの」
 恵は今度はからりと明るく笑って見せる。けれど、左之助は納得出来ないようで固く口を結んでいた。
「あんたが気にする事じゃないわ」
 それは勿論、その通りだ。だが、気にしないでいられないのも確かだ。それもまた、恵は理解している。左之助が酷く心配してくれている事は。
「だからって何も、こんな夜更けに一人で帰る事はねぇだろ。危ねぇじゃねぇか」
「……大丈夫よ」
「大丈夫じゃねぇよ、おめぇも一応女なんだから」
 “一応”って何よ?――そんな風に反論をするだろうと思っていたが、恵は肩を竦めて微笑むだけだった。
「恵?」
「“石畳には置き去りの花。せめて抱いてやりたくて。あと少し美しければ、折られずに生きただろうか”」
「は?」
 漸く聞こえるような微かな声で恵は囁いた。どこかで聞いたような詩歌。美しい景色のようで、何処か物哀しい言葉。あと一瞬風が吹くのが早ければ、それは掻き消されていただろう。恵の指の中でゆらゆらと揺れる小さな花。首を垂れて俯いている所為か、やけに儚いもののように見えた。
「東京に来て間もなく、親しくなった色町の姐さんが教えてくれた歌よ。まるで人形のように美しくて繊細は女性で、外国の歌の詩を自分で訳して、いつも歌っていたの。外国に憧れて自分で勉強したんですって」
「へぇ……」
 自分もよく口ずさんでいたのだと恵は言う。恵が東京に来たばかりの頃といえば、観柳と手を組んで阿片を精製していた医者の助手をしていた頃の事だろうか。恵はその頃の話をしたがらないし、自分からもあまり聞こうとは思わないからよくは知らない事だが。
「あと少し美しければ……例えばそれは容姿ばかりじゃなくて、心や過去も含めて、全部。あと少し、美しければこんな風に思わずにいられたかしら? 想いを寄せる人にそれを伝えられたかしら?」
「……無いものねだりじゃねぇか」
「そうね。過去は変えられないもの。全部ひっくるめて私だと解っているけど……だって、蒼紫の隣りにも可愛い娘がいるでしょう? 何にも持たずにいるのは私だけだと、思ってしまっただけよ。仲間が独りもいないわけじゃないのに、可笑しいけどね」
 ふと、自分が一人ぼっちなのではないかと思う事は、誰にだってあるだろう。どんなにいつも仲間に囲まれていても、何故か急に独りきりになってしまったかのような想いが、時折あるものだ。恵も、今、そういう思いに駆られて突然不安になっているのだろう。
「なんでもないから、独りにして頂戴。少し、頭を冷やしたいのよ」
 細い指の中でくるりと回る花。あの花があと少し美しかったなら、誰も摘み取らずに愛でただろうか。あと少し美しかったなら、摘み取った花を手放したりしなかったろうか。この花は、きっと蒼紫が拾い上げたものだ。初めて聞く歌だが、蒼紫はこの歌を知っているのか。だとしたら、花を恵に見立てたのかも知れない。
「馬鹿言え」
 この厄介で哀れな女は、どうにも独りにしておきたくない。こんなに怖い女は、いない。恐ろしいのだ。何かが壊れるかのようで。この女は容易く死にはしない。諦めもしない。しぶとく生き延びて、自分の信念を貫こうとする強さがある。それなのに、その強さの裏にいつも弱さをちらつかせ、そのくせそれに触れるものを悉くはじき出そうとするのだ。「大丈夫」「なんでもない」「気にしないで」――その通りに言葉を飲み込めるわけが無い。苛立ち任せに吐き出すと、恵はふふふ、と、笑った。
「本当にあんたは――“風”みたいな男よねぇ」
「――“風”?」
「えぇ、随分と表情がころころ変わる」
 星明かりに照らされた恵の眼に、淡い色の花が映る。
「吹いたり止んだり、急に荒れたかと思えば急に柔らかく包み込んだり、そうして何処へともなく流れ、奔放に気ままに駆けて行く“風”」
「何処へともなく……って、流浪人みたいだな」
「流浪人は……剣さんは“川”ね。何処へでも流れて行くけれど、道を外れては行かないの。いつか許される海をめざして」
「成程な」
「蒼紫は“樹”ね。根を下ろしてそこから動かない。空を仰いで高みを目指すし、集うものも多いわ」
 言われてみれば。妙に納得して、左之助は頷いた。
「それで、お前はその花か」
 一人ぼっちで打ち捨てられた花。会津戦争から独りで生きてきた、哀れな女。仲間が側にいても、心に幾許かの不安を抱いて、素直に微笑むことの出来ない女。
「そういう事ね」
 単なる花ではなく、こうして摘み取られた花。もう咲く事も出来ない。ただ、朽ちてゆく時を待つばかり。或いは風が散らすだろうか、この花を。
「俺が本当に風だったら、吹き上げてこの花を遠い海まで運んでやれるのにな……」
「海へ?」
「許しの海……だろ?」
 そうすれば、淋しくだって無いだろうさ。
「許さなくたって良いのよ……」
「……俺に言ってんのか?」
 友を失った事に対して言っているのか。決して長くは無いけれど、こうして仲間として側に居て、ぶつかり合う事があろうと友であると思っていた。だがこの女は、未だに許されずにいて、この先もそうあって構わないと思っている。哀れなのはこの女ではない。これでは、かつて憎んでいたあの男の方が余程良い関係を築き上げている事になる。
「許すっつってんだよ」
 小さく、小さく、消え入りそうな程微かに笑うこの女を、憎み続ける事なんか出来るわけが無い。第一、こうして生きてゆくのなら、許してやると始めに言った筈ではないか?
「もうとっくに、許してんだよ、解れ」
 左之助の長い腕が乱暴に恵に向って伸ばされ、その細い身体をすっぽりと包んで引き寄せた。
「左之……助……?」
「お前がちゃんと生きてんなら、俺は許すって言っただろうが」
 気付かぬ振りをしていた。解らない振りをしていた。筋肉質で堅い二本の腕は、まるで大海のように柔らかに恵を包み込み、総てを許していたのだと。
「でなきゃ助けたりしねぇんだよ。あのインチキ医者の時といい」
「あんたは、ずっと……?」
「たりめぇだ。お前の事が必要なんだよ。お前の事が大事で、頼りにしてんだ」
 左之助は、少し腕を緩めて恵の顔を覗き込んだ。星空から差す微かな光が、黒い眼を静かに照らす。黒曜石のような煌きの中に、確かに自分の姿が映っていて、左之助は頬を染めた。長い睫毛に縁取られたこの眼に真っ直ぐに見詰められるのは初めてだ。見詰め合うのは、初めてだ。
「有り難う」
 恵は、微笑んで見せた。穏やかに咲く花のように、心からの笑顔を。
 やんわりと左之助の身体を押し離し、恵はくるりと左之助に背を向ける。まるで何事も無く、世間話でもしていたかのような態度に、左之助は戸惑った。
「帰んのか?」
「えぇ、もう近いんだから、独りでも大丈夫よ」
「だから、大丈夫じゃねぇって。おめぇは、女なんだから」
「……じゃぁ、一緒にいてくれるの?」
 白い手が、長い指が、左之助に花を差し出した。
「独りになんかしねぇよ」
 慈しむようにそっと、優しくその花を手にして、左之助は呟いた。
「綺麗だな……」
 この花が、それから。




   風なら、許そう、何もかも――


 こんなに曖昧な感情さえも。

fin
優しく冷たい風が吹く。
一人じゃない。大丈夫。
愛しい言葉、愛しい歌声。


「るろうに剣心−十勇士陰謀編−」挿入歌「七色の風」の歌い手である
河井英里さんのご冥福をお祈りいたします。


INDEX

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