貴方の事を好きなのは私じゃない。
 私は一人で生きられるから。



      偽りの恋



 日差しが強くなる一方で、雨の降る日が増えてきた。梅雨が近付き、季節が変わる。
 高荷恵は空を仰いだ。
 どんよりと雲が垂れ込めている。一雨来そうだ。そう思った時にぽつりと頬に雫があたり、恵は駆け出した。診療所まではまだ距離がある。町外れのおばあさんの家まで往診に行っていたから、このまま診療所まで走ると、間違い無くずぶ濡れになる。今日はもう往診はない。急患でも入らない限りは、恐らく小國玄斎医師一人でも手は足りる筈だと恵は判断し、雨宿りをして行く事にした。近くに神社を見付け、軒下に駆け込む。肩や腕が濡れて、少し冷えた。
 午前中は晴れていたから大丈夫だろうと高を括って干してきた洗濯物を、取り込まなくてはならない。玄斎が入れられていなかったら、恐らく既にずぶ濡れだろう。
――左之助、降り出しそうだわ、洗濯物入れて!
 急な雨が降りそうな時、診療所に彼がいると、助かった。
「左之助、洗濯物入れて……」
 腰まで届く黒髪が風に靡いた。
「…………洗濯物……」
 恵の往診中に診療所で寝ていて雨に気付かず、洗濯物を駄目にして怒った事もあったっけ。けれど、今はそういうわけにはいかない事も、勿論解っている。

「京都も……雨なのかしら」
 恵は西の空を見上げた。



 六月になった。あれから、半月が過ぎたのだ。緋村剣心が京都へ旅立ってから。
 彼を追って、相楽左之助、神谷薫、明神弥彦が東京を発った。恵は弥彦に傷薬を託して東京に残ったが、未だに誰からも連絡はない。危険な人物と向かい合う事になるのだから、便りがない事を良い便りとは思えず、恵も気が気でなかった。
 自分が何かを出来るわけではない。剣を握る事も出来ないし、戦う力も持っていない。医者として側につく事は出来るだろうが、下手に近くにいれば、弱点になるかも知れない。そのために彼が独りで京都へ向かった事も理解している。自分で自分を守る力もないのに無理矢理に彼を追い駆けたところで、敵に捕まったらおしまいだ。彼が自分の所為で傷付くのを、もう見たくはない。ほんの一月前にそうした状況があったばかりだから尚更だ。助けに来てくれた彼が全身に傷を負い、血を流していた事が生々しく記憶に残っている。特に、胸に大きな傷が刻まれていた。
 足手纏いになるくらいなら、東京で待つ方が良い。かの少女のような戦う力もありはしないのだから。自分の身を自分で守れないのなら、今回のような戦場に向かうべきではない。なにかあったら、苦しむのはあの人達だ。きっと自分を責めるだろう。だから、助けに来てくれた。けれど。
 恵は石段に腰を下ろし、小さく息をついた。早く、帰ってきて欲しい。
「弥彦君、薫さん、左之助…………剣さん…………」
 ふと落とした視界に端白い影が揺れ、恵はそちらへ視線を向けた。茂みに咲く背の高い白い花。あぁ、もうそんな季節か、と、恵は眼を細めた。
 会津にいた頃、父が教えてくれた花。野茨というのだそうだ。皐月、水無月の頃に花をつける。この花の実は薬になるから、毎年秋口に採集する。
 薬に関する知識の多くは父から教わった。その父も今は亡く。
 恵は雨に濡れるのも構わずに、引き付けられるように手を伸ばす。ぱしゃぱしゃと水を跳ね、そっと花に手を掛けた。人を救うために咲く、白い小さな花。通り過ぎる人の心を癒し、立ち止まる人の病を癒す。そんな人になるようにと、父や母に言われて育った。
 彼女は、薫は“そんな人”だ。優しく白く咲く野の花。誰に言われるでもなく花をつけ、微笑む人。そんな人になりたかった。
 恵はそっと枝を握る。不意にちくりと痛みが走り、指先から血が流れた。流れ出した血はぽつりと下の花に落ち、花を黒く染める。自分は、こんな花。汚れた花。白くはいられないの。美しくはいられないの。本当は白くいたかったのに。
 いつも無い物強請りばかりして、それが叶わないものと知り、悔しい想いを噛み殺す。
 白い花でいたいとか、貴方の側に行きたいとか、決して叶わぬ望みだけれど。せめて、無事に帰って来てくれますように。みんなが、貴方が、早く、無事で……。
 遠く離れた場所から祈る事しか出来ない。祈り続け、待ち続ける事しか。もどかしいけれど、足手纏いになるくらいならこの方が良い。
 胸の中で渦を巻く不安に、恵は固く目を瞑る。突然に胃がきりきりと痛み出した。
 腹を押さえて社の軒下へ戻る。身体が冷え切り、髪から滴がしたたり落ちた。被せた紅の下で唇が青褪めていく。震える肩を両腕で抱いて、薄暗い雨に視線を投げると、氷のような眼差しが恵を貫いた。半月前、剣心達が旅立った直後に道場にやって来た男。薄暗い雨のように冷徹な男。そこにいる筈のないその男に、恵は硬直した。あの男も、京都にいるのか。恵を苦しめ抜き、憎しみと消えない傷を刻んで去った男。二度と逢いたくなかった男に、再び見えたその時、恵の膝の力は抜け、身体は床に崩れた。男の冷酷な指先で頬を撫でられ、修羅に近い瞳で見詰められた時、凍り付いた。まるで心まで見透かすような眩い瞳は、或いは恵の胸の内に潜む想いまで見抜いたろうか。口を閉ざし、彼の居場所を隠そうとしたところで現れた男は、いとも簡単に彼が京都にいる事を話した。彼を守れるなら、死さえ恐れはしなかったのに。たとえ彼が悲しもうとも、彼の側には自分ではない人がいて、支え続けるのだろうから。死ぬ事なんか、彼が傷付く事を思えばまるで怖くない。
 雨に浮かぶ眩い眼の男は、左手に小太刀を下げて恵を見詰めていた。
「あの男は何処だ?」
 あの日のような問い。拭い切れない恐怖を、雨が連れて来た。
「言わないわ」
「言わなければ、殺す」
 足音もなく歩み寄り、恵の頬に触れた男の指は、氷そのもの。
「……殺せば良い」
 恵の声もまた、静かに響いた。
 あの人の傍らにいるべきは私ではない。
 あの人を愛するのは私ではない。
 医者としての道を貫き、そして死ねるなら本望だ。
「あの男の――抜刀斎の為に死ぬか?」
「だとしたら?」
 眩い瞳が揺らめいた。
「あの男を想っているのか?」
 喉元に刀を突き付けながら静かな声で問う男に、恵は微笑んだ。
「そんな訳ないじゃない」
 愛してなんかないわ。
 貴方も知っている筈。私は誰も愛さない。汚れた罪を負いながら、一体誰を愛せようか。
 一人で生きてゆける。今までずっとそうだった。そしてそれは、これからも変わらない。
「貴方が私を殺しても、悲しみなんか直ぐに消えるのよ」
 貴方は良いわね。死んだらきっと嘆く人がいる。そうなんでしょう、貴方?
 誰も私を見なくて良い。誰かを望んだりはもうしない。だから、誰も奪わないで。私が死ぬまで誰も消さないで。
 一人で生きてゆけるけれど、独りでは生きてゆかれない。父を亡くしたあの日から、ずっと孤独だった私は、もう誰も失えない。
「薫さんを、弥彦君を殺めないで。左之助を奪わないで。……剣さんを消さないで。死なせたくないの、誰も。失いたくない。死んで欲しくはないのよ、貴方さえも」
 無闇矢鱈に死に臨む、孤独で哀れな男。
「奪うなら私の命にすれば良いのよ。私は誰も愛さないし、誰からも愛されたりしない」
 血に染まった花を、望んで欲する者はいない。誰だって、白い花が良いわ。愛される可能性もないのに、誰が恋なんかするというの?
「哀れな女だ」
 あんたにだけは言われたくないわ。恵が胸の内で呟くと同時に、男は雨の打ち消された。
「お願いだから殺さないで。お願いだから……死なないで」
 医者だから、総ての人を助けたいと思いながらも、医者だからこそ、それが不可能だと知っている。医者の力は万能でない。その限界も知ってる。越えようともがいているけれど。
 だから、一人一人が生きようとしないと救えない。生きる意志は何よりも強い。泥水を啜って生きてきた恵の教訓。
 貴方が生きてくれるなら、自らを失う事なんかまるで怖くない。父がそうして逝ったように。
「父さん……」
 独りにしないで。

 雨は益々強くなり、恵は身震いした。崩れ掛けた神社の境内で、雨を凌いだ事がある。父を亡くして間もない頃、たった独りの会津の地で。まるであの頃に戻ったようで……怖い。
「…………剣さん」
 あの頃を繰り返すとしたら、今度は貴方を失うのか。そんなの、嫌……。
「嫌……」
 ぱしゃりと水の跳ねる音。俯いた恵の視界に、二本の足が映る。ゆっくりと足から胴へ、その上へと姿をたどり、視界に納める。
「父さん……?」
 穏やかな笑顔で傘を差し出すその人は。しかし、その貌は驚きを露わにした。恵の眼の中で確かに結ばれた。父よりも随分背の低く、幾分老いた、男。
「玄斎……先生……」
「大丈夫かい、恵君?」
「え……あ……えぇ、はい……大丈夫です」
 白い作務衣を纏い、白い髭をたくわえた好々爺に、恵はしどろもどろに答えた。
「雨が強いのう」
「あの……私を、迎えに?」
「あぁ、何処かで雨宿りしとるんじゃろうと思っとったが、なかなかやまんからのう」
「すみません、先生……」
 恵は玄斎から傘を受け取った。一方の玄斎は、傘を畳んで恵の隣りに腰を下ろす。
「よく降るなぁ」
「先生?」
「君の中でもなかなかやまんようじゃな」
「え……」
 玄斎は空を仰ぐ。
「君も、京都に行くかい?」
「……先生?」
「行きたいんじゃろう、京都に。緋村君の側に」
 遠い彼の元に。西の空はどんよりと曇り、まるで彼女の想いさえ飲み込んでしまいそうではないか。
「私は、別に……」
「君は、緋村君を好いているんじゃないのかね?」
 大らかながらずばりと言われ、恵は視線を落とした。しかし、すぐに貌を上げくすりと笑ってみせる。
「そんな訳ないじゃないですか。私が剣さんを好きだなんて。そりゃぁ恩人ですけど、別に……」
「恵君」
 おどけた振りをして肩を竦め、立ち上がろうとした恵に、玄斎は柔らかに声を掛ける。
「君なら、傷付いた緋村君達を直ぐに助けられるじゃろう。此処は儂一人でもなんとかなる。鬱いでいる君を見るのは忍びないんじゃ」
「……すみません、ご心配をお掛けして」
「心配くらいさせてくれんか。儂は此処では、君の父親じゃと思っとる。と、いうより……此処では父親でいさせてはくれんかのぅ。そして、君の胸の内を聞かせておくれ」
 家族にそうするように。
 やまない雨をやませたい。玄斎はそう言ってくれている。恵は小さく首を横に振った。
「私……京都には行きません。足手纏いになってしまいますから。それに、私は此処で待つと決めたんです。医者としての務めを果たしながら……」
「そうかい。じゃが、儂は君が独りで辛い想いを抱えとるんように思えてならんのじゃ。何か気になる事があるなら、吐き出してしまった方が楽にならんかの?」
「……それは……ただ、皆の身に何かあったらと、私はそればかりが不安なんです。誰一人欠く事なく、無事であって欲しいから……」
「ふむ……」
 かたかたと震える恵の背を撫で、玄斎は深く頷いた。
「それだけかい?」
 それを心配しているのは玄斎にもよく解る。しかし、恵の胸中に渦巻く不安は、とてもそれだけの理由とは思えなかった。勿論それもあるのだろうが、それ以外にも深い想いがあるような。それを玄斎は、剣心への思慕だと思っていた。
「あの男が……四乃森蒼紫が、剣さんを狙っているんです」
 か細い声は雨に掻き消されそうになりながらも、辛うじて玄斎の耳に届いた。
「え……?」
 “四乃森蒼紫”――その名に、玄斎が凍り付く。玄斎自身、四乃森蒼紫を見た事はない。だが、眩い眼をした冷酷な男で、恵にとって忌まわしい記憶に繋がる一人だ。
「何故それを知っておるんじゃ? 誰かから聞いたのかね? 緋村君達は、それを知って――」
「いいえ、知りません。弥彦君達が旅立った直後、あの男が道場に来たんです」
「……逢ったのか?」
 最も逢いたくない男に。辛い記憶に繋がる存在に。
「……はい」
「なんという事じゃ……」
 玄斎にとって、一番逢わせたくない男。一番会わせるべきではない相手。見えるだけで恵の傷を抉る存在。玄斎は息をついた。
「成程、それでは、たとえ君が望んでも君を京都には行かせられんな……」
「……あの男と剣さんが戦うと思うと……」
 深い胸の傷が脳裏にちらつく。負傷して尚、自らの命を的にして彼はあの冷酷な男を生かした。
「緋村君が気がかりなんじゃな」
 それは当たり前か。男の冷酷さを、無情さをよく知る恵だからこそ、不安を感じずにはいられないのだろう。恵は眉を寄せ、俯いた。
「剣さんは、きっと戦うでしょう。その戦いで決着がつくとして……もしあの男が、蒼紫が勝つとしたら、剣さんはもう戻っては来ない……」
 道場で望まぬ再会を果たした時、人を殺す事に何の抵抗もないような、まるで“修羅”に近いその瞳に全身の力が抜け落ちた。
「あの男は、殺す事でしか勝利を得られないと信じているに違いありませんから」
 恵は視界の端に映る、白い花を見遣る。
「剣さんは負けないと私は信じています」
 あの花が待っているのだから、みんなが待っているのだから、きっと彼は易々と生命を投げ出したりはしない。生きようとする想いの強さを、彼は知っているだろうか。信じる想いの強さを、恵は知っている。
「それなら……」
「でも、剣さんは“不殺”の信念の元、彼に手をかけるような事は決してしない筈……」
 彼の握る逆刃の刀は彼の信念の象徴。二度と人を殺めないと誓った。
「君は、もしや……」
「あの男は、次に剣さんに負けたら、きっと生きる目的を失うでしょう。いえ、たとえ勝っても、彼に目的はなくなる筈。目的も希望も無くして、人はどうして生きられますか?」
「恵君……」
 あぁ、全くこの娘は、
「君は本当に……」
 医者の鑑だ。
 よもや憎い男、四乃森蒼紫の滅びを望んでいるのかと思ったが、それどころかその生を切に願っていようとは。
「私にはこれしか、生きる道がないんです。剣さんが私に示してくれた道ですから……」
 幸福な想いに微笑むが、その横顔には濃い影が差す。
「恵君、君は勿論医者の中の医者じゃ。じゃが、だからといって何もそれ以外の道がないわけではないんじゃよ。君はもっと自分の想いに素直になって良い」
「齢二十二にもなれば、なかなか性格の矯正も難しいんですよ」
 笑いながら肩を竦める。それは恵のお決まりの文句で、冗談ごかしてはいるが、その笑顔が居たたまれない。幼い頃から苦労を重ねた故に諦めてしまった希望を誤魔化しているかのようで。
「君は長く色んな想いをしてきたのじゃろうが、未だ二十二じゃ。諦めるには早過ぎる。罪深ささえ逃げずに立ち向かう君を責める事など誰にも出来んのじゃから」
「好きなものがあるなら好きでいて良いし、大切な人がいるなら想い続けなさい。自分を偽り、を騙す事の方が余程罪深いんじゃよ」
 老医師は知っている。この気丈な娘の胸の内に潜む光も、その光を閉じ込めようとする闇も。冷たい雨に降られて尚、凛と笑っていようとする強さも、その裏に隠した哀しみも。
 自分で自分を許せなくなる程の罪を犯し、死の傍らに立った。死にたいと欲する心とは裏腹に、微かな希望が生への執着を生んだ。死を望みながら生にしがみつく、惨めな生活からこの女を救い出したのが彼だった。
 愛さずにはいられない男だった。同じ匂いを感じる、悲しくて愛しくてたまらない人。けれど、側にいる事はきっと叶わないのだと、心の何処かで感じていた。出会った頃から、ずっと。
「私は、辛い想いをした人程幸せになって欲しいんです。剣さんや薫さん、弥彦君、左之助……みんなに。私は今、こんなに幸せなんですもの」
「君は、本当に幸せなのかい?」
「えぇ、勿論です。三ヶ月前は、こんな風になれるなんて思っていませんでしたから」
 煌びやかで豪華な牢獄にあって、夢見る希望は絶望に塗り変えられていた日々。それが、希望に溢れた日々に色を変えた。現実として。
「もう二度と一緒にいられる筈のなかった“父親”までこうして側にいてくれるのに、これ以上を望んだら罰が当たってしまいますよ」
 嬉しそうに頬を染める娘の隣りで、玄斎は目頭が熱くなる想いがした。妻を早くに亡くし、知り合いの医師の息子に嫁いだ一人娘は、二人の孫娘を残して夫婦揃って西南の役でこの世を去った。恵は、玄斎にとっても二度と戻る筈のない“娘”という存在なのだ。
「そう……そうかい。それなら良いんじゃ……。儂も、君がいてくれて嬉しいよ。あそこに咲いてる花のようじゃ。君は、雨にも曇る事なく白く凛としておる」
「え……」
「娘にはあんな風にいて欲しいと思っておった。だから、君が正しくあの花のようにいてくれて、嬉しく思う」
 白い花は寧ろあの子のようだと、自分には手に入れられない清らかさだと思っていたのに。
「私はあんな風に綺麗ではいられませんよ。薫さんの方がしっくりくるんじゃないですか?」
「んー、薫君はどちらかというと蓮華じゃな」
 素朴で鮮やかな、野に咲く春の花。
「棘で自分を守る様子も、やはり君らしい」
 蓮っ葉な言葉使いも、気丈に振る舞っていなければ自分を保てない彼女の防衛術。
「その上、薬になる実をつけるんじゃから」
 誰かを救うための花。いつもそうありたいと望んでいた。実の父が言ってくれた言葉を、もう一人の父からも聞く事になろうとは。
「生きていて……本当に良かった」
「あぁ、生きていてくれて良かったよ。こうして出逢って、家族のようになれて。あとは、君がいずれ白無垢姿を見せてくれると良いんじゃが」
「それはまた難しい希望ですね」
「君にもおるんじゃよ、どこかにその相手が。幸せであって欲しいと互いに願い、二人で幸せになろうと思える相手が」
 いつの日にか巡り会うその人に、偽りのない心で向き合えるように。
「あ、雨……やみそうですよ」
 いつの間にか雲間から光が差し、雨足が弱まってきた。
「そうじゃな、そろそろ帰ろうかのう。あやめ達も昼寝から起きる頃じゃろうし」
「そうですね。……あ、洗濯物!」
「降りそうじゃったから早めに入れておいたよ。最近腰にくるし……左之助君に帰ってきてもらいたいもんじゃ」
「左之助は雑用係なんですか」
 まぁ、ただで治療している上にただ飯喰らいなのだから、そのくらいして貰って当然だが。


 振り仰ぐ西の空に、虹が煌めく。
 どうか大切な貴方が、優しい人達が、そして儚いかの男が、あの空の下で元気でいてくれますように。
 陽光は白い花を照らし、雫が小さな虹を映す。光り輝く花の姿で、貴方の幸いを祈る。
 今は少し苦しいけれど、この想いを捨てるよりも貴方の幸せを願うために抱き続け、偽りのない心で生きていたい。

 あの花と同じ色の衣で誰かに嫁ぐその日まで。

fin
恋心さえ偽って生きる。
本当の心で向き合える誰かに出会えるまでは。
唯、貴方の幸せを祈りながら。

野茨の花言葉:偽りの恋、素朴な美しさ



INDEX

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット