敵に取り囲まれている。
 百……いや、二百か……。新手だな。
 だが、その先頭に立つ女には見覚えがある。
 そいつだったからって油断したか。
 俺達なら容易く倒せる敵だった筈だ。
 なのに、女の姿に愕然としたクルー達が、次々と倒されてゆく。
 あぁ、やっぱりな。
 お前は元々敵だった。
 やっぱり、お前は――

 肩に伸びてきた手を振り払うように、俺は刀を閃かせる。
 その一瞬、揺らぐ事のない漆黒の瞳が俺を捉えた。
 俺の右手が、女の髪を掴む。
 息のかかる程の距離に、女の貌。


 ――夢だ、と、気付いた。


 俺は甲板で寝ていて、取り囲む敵などなく。
 クルー達の声がキッチンから響いてくる。
 唯一つ夢でないのは、女の髪を引っ掴み、喉下に刀を突きつけている事。
 頸を斬り落とさんと抜き払った刀を、寸でのところで止めたのは、夢か現か。

「殺さないの?」

 うろたえる事も驚く事もない、冷静な女の科白。

「今はな」

 明らかな裏切りでもない限り、仲間殺しは大罪。
 俺が納得していなくても、船長が認めた以上は仲間だ。
 だが、いつか牙を剥いたなら、迷わず俺が殺してやる。
 あの夢のように、お前が俺達に牙を剥いたなら。
 迷う事無く殺してやる。

 だが。
 この女の喉元で刀を止めたのは、夢の俺か、現の俺か。

「優しい人」
 
 睨み付けても動じる事無く、するりと女の左手が、俺の背に触れた。
 気にも止めずに睨み続ければ、表情一つ変えずに右手が頬をなぞる。
 重なる視線は決して揺れず。
 漆黒の瞳に飲まれそうになる。

 お前に飲まれる前に、俺が飲み込んでやる。
 他の誰かを映す前に、俺がお前を飲み込んでやる。

 そして誰かに牙を剥いたなら、俺が殺してやろう。


 俺が、お前を、殺してやろう。



咽喉



 敵の姿もなく。
 春……いえ、夏かしら。静かな海。
 けれど、甲板で眠る彼は幾分険しい顔をしている。
 悪い夢でも見ているのか。
 さっきまでは、穏やかに眠っていた筈。
 なのに、今はまるで絶望に向かうように、唸っている。
 あぁ、どうしたの。
 貴方はいつも冷徹なのに。
 どうしたの、貴方――

 肩に伸びばした手を振り払うように、彼は刀を閃かせた。
 その一瞬、緩やかに弧を描く鋭い刃が私を捉えた。
 彼の右手が、私の髪を掴む。
 息のかかる程の距離に、彼の貌。


 ――夢か、と、思った。


 私は甲板で寝ていた彼を起こそうとしただけ。
 昼食の時間だとキッチンから聞こえてくる声。
 まるで夢のように、彼は私の髪を掴み、私の喉下に刀を突きつけている。
 頸を斬り落とさんと抜き払った刀を、寸でのところで止めたのは、何故?

「殺さないの?」

 今にも殺しそうな貌をしていたというのに可笑しな話。

「今はな」

 そうね、私が裏切りでもしない限り、仲間を殺す事は罪。
 彼が納得していなくても、奔放な船長は私を認めてくれたから。
 でも、もしも私の闇がこの船を覆ったら、貴方は私を殺してくれる?
 私が貴方達を危険に晒すような真似をしたなら。
 裏切る事無く、殺してくれる?

 ねぇ。
 貴方はどうして刀を抜き、貴方はどうして刀を止めたの?

「優しい人」
 
 まるで動じる事も無く、私を睨み続ける貴方の背に、左手を回す
 何の反応もしてくれなくて、私は右手で貴方の頬をなぞる。
 重なる視線は決して揺れず。
 貴方の総てを飲み込んでしまいたくなる。

 貴方の総てを飲み込んで、私無しではいられなくしたい。
 他の誰かに飲まれる前に、私無しではいられなくしたい。

 そして闇がこの船に迫ったら、どうか私を殺して。


 私、貴方に、殺されたい。
総ては始まりのためにある。
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